結 論

 本研究により、群馬大学荒牧キャンパス構内雑木林の現存量を推定し、これに過去の研究結果を適用して生長速度をシミュレートすることにより、平地雑木林が有するCO2固定能力の長期的な動態を予測することが可能であることが示された。しかしながら、今回用いた様々な推定式の中には精度の低いものもあり、今後シミュレーションモデルの精度を高めるためには、さらに過去の研究結果を集め、また調査や実験によりデータを得て、推定式の精度を高めていくことが不可欠である、
 異なる光条件下で栽培したクヌギ、コナラ、シラカシは相対光量子密度が高い区ほど相対生長速度(RGR)が高くなり、その原因は光合成活性(NAR)の増加であった。シラカシのRGRはクヌギ、コナラに比べ相対光量子密度の低下による影響が少なく、13%〜3%区においてほぼ一定の値を示した。
 荒牧キャンパス構内雑木林林床で相対光量子密度(RPPFD)の季節変化を測定した結果、林床では生育期間初期の4月〜5月にはRPPFDは40%以上となったが、これ以降のほとんどの間、RPPFDが7〜20%程度と比較的暗い環境条件となっていることが明らかになった。
 以上の結果から、シミュレーションにはRPPFD3%、9%、13%、100%の各光環境を想定する(シナリオ)ことにした。また遠山(2012)が異なる温度条件下でクヌギ、コナラ、シラカシを栽培した結果を用いて、2012年から2061年の50年間に気温が段階的に2℃上昇することも、シミュレーションに想定することとした。なお各シナリオともモデルの単純化のため、50年間樹木の枯死がない、成木は2012年時点で最大サイズとなっていて生長はしない、という前提を置いた。
 2012年から2061年の50年間の樹木現存量、樹木純生産速度(樹木のCO2固定速度のベース)シミュレーションの結果、クヌギ、コナラはRPPFDが低いシナリオほど値が著しく低下したが、シラカシではRPPFDによる影響が比較的少なかった。2061年には、雑木林全体の樹木総現存量は2012年比で1.1倍(RPPFD3%)〜19倍(100%)、樹木総純生産速度は1.8倍(3%)〜348倍(100%)と、生育光環境によって大きく異なった。この結果から、将来の雑木林の光環境が比較的暗くなる場合にはシラカシの、逆に比較的明るく維持される場合にはクヌギ・コナラによるCO2固定が平地雑木林において重要となると考えられる。
 2061年までの50年間に気温が段階的に2℃上昇するシナリオにおいては、シラカシのみが温度上昇により生長が促進される(遠山 2012)ことから、シラカシの樹木現存量および樹木純生産速度が増大した。2061年には、雑木林全体の樹木総現存量は2012年比で1.1倍(RPPFD3%)〜20倍(100%)、樹木総純生産速度は3.4倍(3%)〜380倍(100%)と、生育光環境によって大きく異なるが、気温上昇なしのシナリオに比べて全体に高い値となった。
 以上の結果から、今後の生育光環境と温度上昇は樹種ごとに異なる影響を与え、その結果として雑木林全体の樹木総現存量と樹木総純生産速度も影響を受けることが予測された。
 本シミュレーションにより、群馬大学荒牧キャンパス構内雑木林では、温度上昇がない場合には、2061年に樹木総現存量が約86 ton ha-1(RPPFD3%)〜1561ton ha-1(100%)になると推定された。これまでの森林の物質生産研究により、温帯落葉樹林の現存量の平均値は300 ton ha-1、純生産速度の平均値は12ton ha-1yr-1と実測されている(ホイタッカー 1975)。したがって本シミュレーションで得られた樹木総現存量および樹木総純生産速度は、RPPFDの高いシナリオでは明らかに過大評価となっている。そこで2061年の樹木総現存量および樹木総純生産速度が温帯落葉樹林の値に近くなるように、シミュレーション時のRPPFDの比率を変えてみた。その結果、RPPFD3%、9%、13%をそれぞれ0.3程度、100%を0.1程度の比率で与えると、樹木総現存量および樹木総純生産速度ともに実測値に近くなることが明らかになった。
 以上のシミュレーション結果から、現実的な生育光環境の比率を前提として、気温が2℃上昇した場合の2061年の樹木総現存量および樹木総純生産速度は、気温上昇がない場合と比べてそれぞれ17( ton ha-1)、1.3(ton ha-1yr-1)増加し、317( ton ha-1)、13.3(ton ha-1yr-1)となると予測された。
 森林の樹木は光合成によりCO2を吸収し、木質として固定し生長する。樹木は一般に長寿命であり、木質部は微生物による分解に時間がかかる。したがって森林は、非常に大量のCO2を長期間にわたって吸収し貯留する可能性がある。本研究結果は、温暖化により平地雑木林のCO2吸収・貯留能力が高まることを予測しているが、同時に生育光環境の維持がこれを大きく左右することも予測した。陸上生態系の炭素貯留量は大気中の炭素量の3倍であり、陸上生態系の炭素貯留量の約6割は森林生態系によって占められている。地球温暖化の防止のためには、森林の保全を積極的に行うことが非常に重要であるといえる。

 

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