結論

 

本研究により、ハリエンジュが形成する特異な土壌環境・光環境によって、他の植物の生育が阻害される場合があることが強く示唆された。またハリエンジュの樹林が林床の植物種多様性を著しく低下させ、河川敷の自然な植生遷移を阻害していることも明らかになった。そして、ハリエンジュの皆抜・抜根と表土の除去は、本来の河川敷植生の再生に有効だと考えられる。

異なる培養土で栽培した植物の生長解析により、ハリエンジュ林土壌で外来種は生長が阻害されるが、在来種は少なくとも阻害はされないという結果が得られた。また、ハリエンジュ自身も生長が阻害された。ハリエンジュ林土壌には、ハリエンジュの根や枯死体(リター)から生ずるロビネチン、カテキンといったアレロパシー物質が含まれていると考えられる。これらは、ハシフー(2010)の行った発芽実験で種子発芽を抑制することが明らかにされた。ハリエンジュはこの性質により、自身も生育が阻害されるが他種の生育を阻害し、自分の脅威となる他の植物を排除していると考えられる。

今回の実験で、在来植物は総じて、アレロパシー物質によって生長阻害を受けないと言える結果が得られた。しかし研究例がまだ少ないので、断定はできない。この結果の再現性を担保するために、今後より多くの植物種を用いた実験を行う必要がある。

渡良瀬川で行った植物相調査によって、ハリエンジュ除去地の方が植物の種多様性が高いことが明らかになった。また、ハリエンジュ除去地とハリエンジュ林ではどちらも2010年より植物種が増加していた。ハリエンジュ除去地では河川敷植生の典型的な構成種であるススキ、ツルヨシ、ヨシが生育し、植生遷移の初期段階が順調に進行していると考えられる。しかし、土壌は富栄養化しているので、オオブタクサやセイタカアワダチソウといった競争力の強い外来種が侵入してきている。一方、ハリエンジュ林林床で植物種が少ないのは、光環境の悪化、アレロパシー、土壌の富栄養化といったハリエンジュが作る特異な環境の影響であると考えられる。以上のことから、ハリエンジュの除去は河川敷植生の回復に大きく貢献するが、その後の外来種の侵入を抑制する対策も重要であることが示された。

土壌窒素・リン濃度の分析結果によると、桐生大橋横ハリエンジュ林林床では窒素濃度が高かった。これは、ハリエンジュと共生する根粒菌によって窒素固定が行われているためだと考えられる。一方、渡良瀬川ハリエンジュ伐採地でも窒素濃度が高いことが明らかになった。そのため、富栄養土壌を好む外来種が今後さらに侵入してくる可能性が高い。また、ハリエンジュが表土ごと除去されているので、空いたニッチが多く外来種の侵入しやすい土地になっている。こういった脅威を排除し河川敷の本来の植生遷移を進めるためには、ハリエンジュの除去とともに定期的な外来種の除去が必要である。

相対光量子密度の季節変化の結果では、ハリエンジュ林林床で6月から10月の長期にわたって相対光量子密度が10%程度以下になった。この間のハリエンジュ林林床の相対光量子密度の平均を雑木林での値と比べると、ハリエンジュ林林床の方が非常に低くなることが示された。この期間は林床植物の主要な生育期間であるので、ハリエンジュによる光環境の悪化が、ハリエンジュ林内での他の植物の生育を困難にし、植物種多様性を著しく低下させる一因となっていると考えられる。冬季一年生植物である外来種ショカツサイが、ハリエンジュ林に繁茂しているという皮肉な状況は、この外来種の主な生育期間がハリエンジュの落葉期間の冬であるからと考えられる。

本研究で得られた結果から考えると、ハリエンジュが有するアレロパシー物質は、外来植物の生長に阻害的に働くが、在来植物の生長に与える影響はないのかもしれない。したがって、ハリエンジュ林林床で在来植物の生育が難しいのは、アレロパシーの影響というより、光環境の悪化やハリエンジュ林内に侵入してくる富栄養化土壌を好む外来植物との競争である可能性が高いといえる。河川敷に生育する在来植物の多くは、貧栄養土壌に適応している競争に弱い種であるので、土壌の富栄養化が続けば、これを好んで侵入してくる外来種との競争によって淘汰されていってしまうかもしれない。

このように河川敷の在来植物は、ハリエンジュが作りだす特異な環境によって、危機的な状況にある。在来植物を保全し本来の植生遷移の初期段階を順調に進行させるためには、ハリエンジュの伐採・伐根と表土の除去が有効である。実際、渡良瀬川のハリエンジュ伐採地では、在来植物が多数生育しており植生が回復しつつある。しかし、外来植物が侵入してくる可能性があるため、油断はできない。ハリエンジュの伐採・伐根だけでなく、外来植物の定期的な除去が必要である。

今後も、ハリエンジュの生育阻害物質が他の植物に与える影響についての実験、渡良瀬川での植生遷移の様子やハリエンジュ林内の環境について、調査を続けていく必要がある。

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