概 要

 

産業革命以降の国際化、近年の経済・文化のさらなるグローバリゼーションにより、多様な生物種の利用のための意図的な大量導入と、人と物資の頻繁な移動に伴う非意図的な導入が日常化し、地理的な障壁が生物移動の障壁として役に立たなくなった。そのため多くの野生生物が本来の生息地の外に持ち込まれ、そのうちの一部の種が野生化し、定着した結果、「外来種」として生態系や人間活動に何らかの影響を及ぼすことが多くなってきた。一方で、農耕地、植林地、市街地など、人為的干渉の大きな場所が陸地面積に占める割合が急激に増大し、自然界には本来存在しない新しいタイプの環境が地球全体に広がった。それに乗じて、攪乱地や荒れ地に適応していた一部の生物種が、それら人為的干渉の大きい生息・生育場所に分布を拡大した。その結果、少数の種がコスモポリタン(地球規模で広域に分布する種)となって世界中で目立つようになり、地球の生物相の均質化が急速に進みつつある。

本研究で対象とするのは、明確な実害が報告されているハリエンジュである。ハリエンジュは早春から葉を展開し林床の光環境を悪化させる。また、他感作用を持って他の植物の発芽を阻害し、土壌を富栄養化させる。これらがハシフー(2009)や河毛(2011)などの先行研究により明らかになりつつある。

そこで本研究では、ハシフー(2009)および河毛(2011)の研究を継承し、ハリエンジュが在来植物の生育環境と生長に及ぼす影響を解明することを目的とした。そのため、ハリエンジュ林土壌と黒土を用土とした操作実験下で外来・在来植物を栽培して生長解析を行った。さらに、国土交通省によってハリエンジュの除去実験が行われている渡良瀬川河川敷での植物相調査と土壌窒素・リン濃度分析、群馬大学構内の雑木林とハリエンジュ林での相対光量子密度の測定を行って、ハリエンジュが在来植物の生育環境をいかに改変するかを解析した。

異なる培養土で栽培した植物の生長解析により、ハリエンジュ林土壌で外来種は生長が阻害されるが、在来種は少なくとも阻害はされないという結果が得られた。また、ハリエンジュ自身も生長が阻害された。ハリエンジュ林土壌には、ハリエンジュの根や枯死体(リター)から生ずるロビネチン、カテキンといったアレロパシー物質が含まれていると考えられる。今回の実験で、在来植物は総じて、アレロパシー物質によって生長阻害を受けないと言える結果が得られた。

渡良瀬川で行った植物相調査によって、ハリエンジュ除去地の方が植物の種多様性が高いことが明らかになった。また、ハリエンジュ除去地とハリエンジュ林ではどちらも2010年より植物種が増加していた。しかし、土壌は富栄養化しているので、オオブタクサやセイタカアワダチソウといった競争力の強い外来種が侵入してきている。一方、ハリエンジュ林林床で植物種が少ないのは、光環境の悪化、アレロパシー、土壌の富栄養化といったハリエンジュが作る特異な環境の影響であると考えられる。以上のことから、ハリエンジュの除去は河川敷植生の回復に大きく貢献するが、その後の外来種の侵入を抑制する対策も重要であることが示された。

土壌窒素・リン濃度の分析結果によると、桐生大橋横ハリエンジュ林林床では窒素濃度が高かった。これは、ハリエンジュと共生する根粒菌によって窒素固定が行われているためだと考えられる。一方、渡良瀬川ハリエンジュ伐採地でも窒素濃度が高いことが明らかになった。そのため、富栄養土壌を好む外来種が今後さらに侵入してくる可能性が高い。河川敷の本来の植生遷移を進めるためには、ハリエンジュの除去とともに定期的な外来種の除去が必要である。

相対光量子密度の季節変化の結果では、ハリエンジュ林林床で6月から10月の長期にわたって相対光量子密度が10%程度以下になった。この間のハリエンジュ林林床の相対光量子密度の平均を雑木林での値と比べると、ハリエンジュ林林床の方が非常に低くなることが示された。この期間は林床植物の主要な生育期間であるので、ハリエンジュによる光環境の悪化が、ハリエンジュ林内での他の植物の生育を困難にし、植物種多様性を著しく低下させる一因となっていると考えられる。

本研究で得られた結果から考えると、ハリエンジュが有するアレロパシー物質は、外来植物の生長に阻害的に働くが、在来植物の生長に与える影響はないのかもしれない。したがって、ハリエンジュ林林床で在来植物の生育が難しいのは、アレロパシーの影響というより光環境の悪化やハリエンジュ林内に侵入してくる富栄養化土壌を好む外来種との競争である可能性が高いといえる。河川敷に生育する在来植物の多くは、貧栄養土壌に適応している競争に弱い種であるので、土壌の富栄養化が続けば、これを好んで侵入してくる外来種との競争によって淘汰されていってしまうかもしれない。

このように河川敷の在来植物は、ハリエンジュが作りだす特異な環境によって、危機的な状況にある。在来植物を保全し本来の植生遷移の初期段階を順調に進行させるためには、ハリエンジュの伐採・伐根と表土の除去が有効である。

今後も、ハリエンジュの生育阻害物質が他の植物に与える影響についての実験、渡良瀬川での植生遷移の様子やハリエンジュ林内の環境について、調査を続けていく必要がある。

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