結論

 本研究により、植物は温度が高いほど光合成活性が高くなり、生長が促進されてより大きく丈夫な個体をつくる可能性が高いことが明らかになった。しかしこの促進効果は、野外では温暖化に伴う個体が受ける光環境の変化、土壌窒素濃度の変化の影響を受け、結果として外来種のような競争力・繁殖力に優れた種に対してより強く現れる可能性が高いと推察される。こうなっては在来種は相対的に弱体化し、外来種が優占する群落が増大して植物種多様性を低下させることにつながると危惧される。

 発芽の冷湿処理・培養温度依存性解析では、3種のアブラナ科植物は、冷湿処理を施すと著しく発芽率が低下した。アブラナ科の植物の種子は成熟し散布された後に、主として秋に発芽するが、発芽が遅れた種子は冬の低温にさらされて二次休眠が誘導され、土壌シードバンクを形成するようになると考えられる。逆に、温暖化によって冬季が短縮され、冷湿処理を受けるような期間が1ヶ月よりも短くなった場合、アブラナ科植物の種子はほとんどが休眠せずに発芽し、土壌シードバンクを形成しないようになる可能性が高いと考えられる。

 在来種のナズナの種子発芽速度は、高い温度区ほど一様により高くなった。ナズナの種子は温暖化が進行した場合、一斉に発芽して発芽期間が短くなると考えられる。このような発芽特性を持つナズナは、発芽後に攪乱のようなその土地を一掃する環境変化が発生した場合には実生が全滅し、土壌シードバンクも消滅してしまうことが懸念される。一方外来種のハルザキヤマガラシとショカツサイの発芽速度は、22/10℃区以上の区ではほぼ一定となった。この2種の外来種の種子は、温暖化が進行した場合、長期にわたって発芽するため発芽期間が長くなり、発芽後に攪乱のような環境変化が発生した場合においても、ふたたび実生が発生して個体群が維持されるようになる可能性が高いと考えられる。以上の結果から、アブラナ科植物においては、温暖化が進行した場合、在来種の絶滅の危機が増大し、逆に外来種の拡大の可能性は、相対的に高まると推察される。

 オオブタクサは、1ヶ月冷湿処理を施した種子と2ヶ月冷湿を施した種子では最適温度での最終発芽率に有意な差がなかったことから、休眠の解除のためには、1ヶ月程度の冷湿処理が必要であるといえる。オオブタクサは現在全国的に分布しており、菅平のような寒冷地での拡大が続々と報告されている。これは、オオブタクサが上記のような発芽特性をもって定着に成功しているためと考えられる。温暖化が進行した場合においても、寒冷地で冷湿処理状態を実現するような冬期間の長さが1ヶ月を下回ることは考えにくいため、オオブタクサの種子に対する冷湿処理効果が寒冷地において抑制される可能性は低いと推察される。

 ギンネム種子の最終発芽率は10/6℃区で約3%と非常に低かったが、17/8℃区以上の区では約95%以上が発芽した。すなわち本種は、年間を通じて温暖な小笠原では一年中発芽することが可能であり、温暖化が進行して本土でも年間平均気温が17℃程度以上の地域が拡大すれば、発芽可能域が拡大する可能性があると推測される。

 異なる温度条件下で栽培した植物の生長解析では、いずれの植物(ナズナ、ハルザキヤマガラシ、ショカツサイ、ギンネム、オオブタクサ(前橋産、菅平産)、アメリカセンダングサ、ミゾコウジュ、ヒメモロコシ)も実験温度範囲においては、温度の高い区ほど相対生長速度(RGR)が高くなり、その原因は主として光合成活性(NAR)の増加であった。すなわち、外来植物であっても在来植物であっても、温暖化によって光合成活性が増大すれば、生長速度も高まる可能性が高いと考えられる。一方、異なる光条件下での栽培実験(ショカツサイ、ギンネム、オオブタクサ(前橋産))によって、外来植物は、光環境の悪化、すなわち暗い環境下では光合成活性が低下して生長速度も低下することが示された。また異なる土壌窒素濃度下での栽培実験の結果(オオブタクサ(前橋産))によって、外来植物は、土壌窒素濃度の増加で光合成活性が増大して生長速度が高まることが示された。以上の結果から、外来植物の生長速度は温暖化に伴って増大するが、他の植物との競争に勝って個体の受ける光環境がよりよくなったり、地温上昇でリター(落葉落枝)分解速度が増大して土壌窒素濃度がより高くなる場合、さらにこの傾向が加速されると推察される。在来植物は一般に窒素要求性が低く光をめぐる競争に弱いので、外来植物に対して相対的に弱体化していく危険性が高いと推察される。

 準絶滅危惧種(NT)ミゾコウジュは、温度が高いほど生長速度が高くなった。ミゾコウジュは、近年、道路の舗装に伴う側溝の整備や、河川の堤防の改修などの工事で全国的に生育地が減少しているが、温暖化で生長が促進されれば、生存可能性が高まるかもしれない。

 IPCC第四次評価報告書(2007)によれば、今後よほど強力に温暖化防止対策を推進しない限り、地球温暖化による100年以内の2〜3℃の気温上昇は免れることはできないとされる。したがって、防止対策に加えて、実際に温暖化した場合にその悪影響を緩和するための対策を考える必要があり、そのためには野生植物種それぞれが温暖化から受ける諸影響とそのメカニズムを研究し、知見を増やしていくことが必要不可欠である。さらに、今後は植生を構成している種間の相互関係が温暖化によってどのように変化するのかを解明することで、植物種多様性の低下を防止し生態系の崩壊を食い止め、温暖化対策を真に実効的なものにすることができると考えられる。

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