概要

 現在進行中の地球温暖化は大きな社会問題である。IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change, 気候変動に関する政府間パネル)第四次評価報告書第一作業部会報告書(2007)によると、大気中CO2濃度は、産業革命以前の約280ppmからこの200年余りの間増加の一途をたどり、2005年には379ppmに達した。気象庁の気候変動監視レポート(2010)によれば、2008年には385.2ppmに達した。これに伴い世界の年平均気温は、1906年から2005年までの間に0.74℃上昇したとされる。日本においてはこの間、年平均気温は0.56℃上昇、100年あたり1.13℃の割合で上昇している。また、SRES排出シナリオの範囲では、今後20年間に、10年当たり約0.2℃の割合で気温が上昇すると予測されている。

 このように急速に進行している気温上昇に伴い、生物と環境条件の複雑な相互作用で形成されている生態系も急速に破壊されつつある。IPCC第四次評価報告書第二作業部会部会報告書(2007)によると、これまで評価された植物及び動物種の約20〜30%は、全体平均気温の上昇が1.5〜2.5℃を越えた場合、増加する絶滅リスクに直面する可能性が高いとされている。温暖化が進むと、気候システムは全体に高緯度や標高の高い地域への移動を強いられるが、移動速度の遅い動植物は、生育範囲を変えることが難しいからである。こうした自然破壊は、人類の生存に不可欠な自然の恵みであるさまざまな「生態系サービス」を劇的に損ない、人類の生存基盤を脅かそうとしている。

 地球温暖化防止のためには、京都議定書で約束した温室効果ガス、特にCO2の削減は急務である。しかし、IPCC第四次評価報告書によれば、よほど強力に温暖化防止対策を推進しない限り、今後100年以内で2〜3℃の気温上昇は免れない可能性が高い。

 そこで本研究では、今後地球温暖化により冬季の短縮と植物の生育期間における気温上昇が起こるというシナリオをもとに、これらにより植物の発芽と生長にどのような直接影響を受けるかについて、操作実験を行って解明することを目的とした。実験材料には、日本の外来植物のうち上位4科に属する外来植物である、オオブタクサ(キク科)、アメリカセンダングサ(キク科)、ヒメモロコシ(イネ科)、ギンネム(マメ科)、ハルザキヤマガラシ(アブラナ科)、ショカツサイ(アブラナ科)をモデル植物として用いた。また、対照モデル在来植物として、ナズナ(アブラナ科)、準絶滅危惧種(NT)に指定されているミゾコウジュ(シソ科)を用いた。

 発芽の冷湿処理(処理なし、1ヶ月処理、2ヶ月処理)・培養温度(10/6℃〜30/15℃の5段階)依存性解析を行ったところ、3種のアブラナ科植物は、冷湿処理を施すと著しく発芽率が低下した。アブラナ科の植物の種子は成熟し散布された後に、主として秋に発芽するが、発芽が遅れた種子は冬の低温にさらされて二次休眠が誘導され、土壌シードバンクを形成するようになると考えられる。逆に、温暖化によって冬季が短縮され、冷湿処理を受けるような期間が1ヶ月よりも短くなった場合、アブラナ科植物の種子はほとんどが休眠せずに発芽し、土壌シードバンクを形成しないようになる可能性が高いと考えられる。

 在来種のナズナの種子発芽速度は、高い温度区ほど一様により高くなった。ナズナの種子は温暖化が進行した場合、一斉に発芽して発芽期間が短くなると考えられる。このような発芽特性を持つナズナは、発芽後に攪乱のようなその土地を一掃する環境変化が発生した場合には実生が全滅し、土壌シードバンクも消滅してしまうことが懸念される。一方外来種のハルザキヤマガラシとショカツサイの発芽速度は、22/10℃区以上の区ではほぼ一定となった。この2種の外来種の種子は、温暖化が進行した場合、長期にわたって発芽するため発芽期間が長くなり、発芽後に攪乱のような環境変化が発生した場合においても、ふたたび実生が発生して個体群が維持されるようになる可能性が高いと考えられる。以上の結果から、アブラナ科植物においては、温暖化が進行した場合、在来種の絶滅の危機が増大し、逆に外来種の拡大の可能性は、相対的に高まると推察される。

 オオブタクサは、1ヶ月冷湿処理を施した種子と2ヶ月冷湿を施した種子では最適温度での最終発芽率に有意な差がなかったことから、休眠の解除のためには、1ヶ月程度の冷湿処理が必要であるといえる。オオブタクサは現在全国的に分布しており、菅平のような寒冷地での拡大が続々と報告されている。これは、オオブタクサが上記のような発芽特性をもって定着に成功しているためと考えられる。温暖化が進行した場合においても、寒冷地で冷湿処理状態を実現するような冬期間の長さが1ヶ月を下回ることは考えにくいため、オオブタクサの種子に対する冷湿処理効果が寒冷地において抑制される可能性は低いと推察される。

 ギンネム種子の最終発芽率は10/6℃区で約3%と非常に低かったが、17/8℃区以上の区では約95%以上が発芽した。すなわち本種は、年間を通じて温暖な小笠原では一年中発芽することが可能であり、温暖化が進行して本土でも年間平均気温が17℃程度以上の地域が拡大すれば、発芽可能域が拡大する可能性があると推測される。

 異なる温度条件(10/8℃、15/13℃、25/23℃)下で栽培した植物の生長解析を行ったところ、いずれの植物(ナズナ、ハルザキヤマガラシ、ショカツサイ、ギンネム、オオブタクサ(前橋産、菅平産)、アメリカセンダングサ、ミゾコウジュ、ヒメモロコシ)も実験温度範囲においては、温度の高い区ほど相対生長速度(RGR)が高くなり、その原因は主として光合成活性(NAR)の増加であった。すなわち、外来植物であっても在来植物であっても、温暖化によって光合成活性が増大すれば、生長速度も高まる可能性が高いと考えられる。一方、異なる光条件(相対光量子密度3%、9%、13%、100%)下での栽培実験(ショカツサイ、ギンネム、オオブタクサ(前橋産))によって、外来植物は、光環境の悪化、すなわち暗い環境下では光合成活性が低下して生長速度も低下することが示された。また異なる土壌窒素濃度(無施肥、ハイポネックス3000倍施肥、1000倍施肥)下での栽培実験の結果(オオブタクサ(前橋産))によって、外来植物は、土壌窒素濃度の増加で光合成活性が増大して生長速度が高まることが示された。以上の結果から、外来植物の生長速度は温暖化に伴って増大するが、他の植物との競争に勝って個体の受ける光環境がよりよくなったり、地温上昇でリター(落葉落枝)分解速度が増大して土壌窒素濃度がより高くなる場合、さらにこの傾向が加速されると推察される。在来植物は一般に窒素要求性が低く光をめぐる競争に弱いので、外来植物に対して相対的に弱体化していく危険性が高いと推察される。

 以上、本研究により、植物は温度が高いほど光合成活性が高くなり、生長が促進されてより大きく丈夫な個体をつくる可能性が高いことが明らかになった。しかしこの促進効果は、野外では温暖化に伴う個体が受ける光環境の変化、土壌窒素濃度の変化の影響を受け、結果として外来種のような競争力・繁殖力に優れた種に対してより強く現れる可能性が高いと推察される。こうなっては在来種は相対的に弱体化し、外来種が優占する群落が増大して植物種多様性を低下させることにつながると危惧される。

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