概 要

 

 地球上には既知の総生物種数で175万種、このうち哺乳類は約6,000種、鳥類は約1万種、昆虫は約100万種、維管束植物は28万種が生育し、未確認の生物も含めた地球上の総種数は500万〜3,000万種と推定されている。日本では5,500種を超える陸上植物が生育していて、世界でも有数の植物が豊富な地域として知られており、そのうち約3分の1の種が日本固有の植物である。

 しかし近年、この生物多様性が、人間活動の過大な拡大によって喪失しつつあることが、深刻な社会問題になっている。生物多様性の喪失は、人類が長年享受してきた生態系機能(食料供給、水と空気の浄化、CO2の吸収とO2の供給など)を著しく低下させ、人類の経済活動ばかりか生存をも危うくさせる。生物多様性の保全のため、国際的には「生物多様性条約」が締結され、これに基づいて日本においては、「生物多様性国家戦略」が閣議決定され、「生物多様性基本法」が制定され、また企業が生物多様性の保全に取り組むためのガイドラインである「生物多様性民間参画ガイドライン」が策定されるなどしている。

 企業が取り組む生物多様性の保全活動として近年、地域の生態系や野生動植物の保全を目的とした自然再生事業の一環であるビオトープの造成が増えている。ビオトープは、従来の庭園など竣工時の形態を維持する「維持管理」ではなく、継続的なモニタリングを行って、自然な動植物の移入を促進するための知見を管理者に提供しながら、生物相と環境の変遷を受け入れていく「育成管理」によって管理されている。またビオトープには、地域の絶滅危惧種の系統維持や、環境教育の場としての役割が期待されている。

 本研究では、大型ビオトープの育成管理において、外来植物種を抑制あるいは除去しつつ、在来植物種の増加を促進する方策を検討するために必要な生態学的知見を、環境情報として蓄積することを目的として、大型ビオトープが地域の絶滅危惧植物種の保全場所となれるように、9年前に竣工したアドバンテスト・ビオトープ、2010年にほぼ竣工とされたチノー・ビオトープ、現在造成中の男井戸川遊水池内ビオトープの3地点で調査を行った。また、当該絶滅危惧植物種の発芽・栽培方法の解明を実験によって行うことも目的とした。

アドバンテスト・ビオトープでの植物相調査により、在来種54種、外来種22種の計76種の生育・開花が確認された。2010年は酷暑のため、これまでの調査と比べると確認種数は少なかった。しかし4種の在来種(テンツキ、トダシバ、ビワ、センダン)の生育が新たに確認され、ミゾコウジュ、フジバカマ、ミコシガヤといった湿地絶滅危惧種や里山植物の継続的生育も確認された。これは外来種駆除を継続的に行った育成管理の成果といえる。すなわち本ビオトープでは本来の目的通り、着実に関東の自然生態系が復元されつつあるといえる。

発芽の冷湿処理(1ヶ月処理、2ヶ月処理)・培養温度(10/6℃〜30/15℃の5段階)依存性解析を行ったところ、本ビオトープに生育する絶滅危惧種のうちフジバカマの種子発芽は温度依存性があまりなく、半数ほどが未発芽となった。このため本種は土壌シードバンクを形成することで、個体群を維持していると推察された。ミゾコウジュの最終発芽率は設定温度範囲内では30/15℃で最大となり、温度が低い区ほど低くなった。このためミゾコウジュは、生産された種子は翌年の夏までに大部分が発芽し、土壌シードバンクはほとんど形成しないものと推察される。

また異なる光条件(相対光量子密度3%、9%、13%、100%)下での栽培実験を行い生長解析を行った結果、フジバカマとミゾコウジュは日当たりのよい場所(100%区)が生育適地であると考えられた。近年本ビオトープにおいてフジバカマの生育が芳しくないのは、他の草が繁茂して日陰にされるためであり、草刈りをさらに積極的に行う必要がある。以上よりアドバンテスト・ビオトープ内のフジバカマとミゾコウジュを継続的に生育させるには、草刈りを積極的に行って明るい立地環境を維持すること、および時々ビオトープ内に栽培個体を移植することが望ましいと推察された。

チノー・ビオトープでの植物相調査によって、在来種53種、外来種22種の計75種の生育が確認された。これらは主として湿地・水田雑草と畑地・道端雑草であった。観音山の土壌と水田の土壌を移植したことから外来種の出現は少なかった。また、創出した水生ビオトープでは、複数の水生動物と多くの水生植物の生育が確認された。今後豊かになる植物相とともに、さらに多くの生物が生育できるようになることが期待される。

男井戸川調整池での植物相調査では、在来種13種、外来種6の計19種が確認された。これらは主として湿地・水田雑草と畑地雑草であり、外来種の出現は少数であった。今後の遊水池管理に際しては、外来植物、特に強雑草であるキシュウスズメノヒエの駆除と継続的モニタリングを行う必要がある。

本研究により、ビオトープは、絶滅危惧種の保護や生物多様性保全という目的を達成する可能性が高いことが明らかになった。これを実現するためには、地域特有の自然や立地環境の復元を目指した育成管理が必要不可欠である。

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