結論

 本研究により、ビオトープなどの自然再生をはかる試みは、実際に生態系機能を再生することができる可能性を有していることが明らかになった。その主なものが、「絶滅危惧種などの生物多様性の保全機能」と、「気温の緩和や炭素固定などの環境安定化機能」である。ビオトープは、人為的な生物種の導入ではなく、在来種が自然に移入・定着するような管理と、外来種の積極的駆除といった二つの育成管理を同時に両立させていくため、生物多様性と地域特性を持つ自然を守ることが可能なのである。また、本研究により森林・雑木林ビオトープは、森林の環境緩和作用である気温差の緩和、二酸化炭素の吸収と炭素の蓄積などにより、人間をはじめ多くの生物にとってのより良い環境の形成に寄与していることが明らかになった。

 アドバンテスト・ビオトープについて、本研究の結果により、生育する植物の育成管理、特に外来種の駆除方策と在来種の増殖、また炭素固定について、以下のような提言ができる。

 植物相調査により、確認された119種の植物のうち、外来種が33種で、出現植物の総種類に占める外来種の割合は約28%であった。2009年の調査で生育が初めて確認された種は5種(オオバヤナギ、ナキリスゲ、ヤブミョウガ、カモノハシ、ネムノキ)であり、いずれも山野の水辺または湿ったところを生育地とする在来種である。本ビオトープ内での初出現植物数のうち在来種の占める割合は、2002年度が63%、2003年度が67%、2004年度が79%、2006年度が89%、2007年度が94%であったのに対し、今年度は100%と、年々高くなってきている。これは外来種駆除を継続的に行った成果で、本来のビオトープの目的にかなった植物相になってきているといえる。今後も在来種数は自然に増加する可能性が高い。また、ミゾコウジュ、フジバカマ、ミコシガヤといった湿地性絶滅危惧種やイヌトウバナ、ユウガギク、ホタルブクロ、ヌカキビ、クサコアカソといった里山植物も継続して生育が確認された。特にミゾコウジュは、ビオトープ内外で多数生育し開花したことが確認できた。今後も継続的に生育・開花していくと期待される。一方、フジバカマとユウガギクは2008年と比べると確認個体数はやや減少し、個体サイズも小さい傾向にあった。これは2009年に草刈りがうまく行われなかったことが原因であると推察される。今後は、フジバカマとユウガギクの主な成長期(夏)に入る前に、1〜2回草刈りを行うことによって、再び良好な生長と増殖が見込まれる環境を、継続的に確保する必要がある。今後も一般的に繁殖力が強い外来種の個体の除去や刈り取りによる勢力抑制といった管理を継続することが必須である。

 発芽の温度依存性解析により、本ビオトープに生育する在来植物の発芽特性は多様であることが示された。フジバカマ、メリケンカルカヤ、メハジキは土壌シードバンクを形成することで中規模攪乱に対応し、個体群を維持していると推察された。アメリカセンダングサとチカラシバは、発芽時期をあえて選択せず、広範囲な温度条件・季節にわたって、土壌水分が十分にあれば速やかに発芽する種であると推察された。

 本ビオトープの気温・地温調査によって、植物の環境緩和作用により、一日の温度差が、草丈の低い草地、草丈の高い草地、林床の順に小さくなっていることが明らかになった。さらには、狩谷(2004)によれば、当林内の相対光子密度が、2003年(星野2003)と比較して低下していることも明らかになっている。これらのことは、林内や草丈の高い草地において、外来植物が侵入しにくい環境がしだいに形成されていることを示唆するものである。一般に外来植物は明るい光条件下で生長が良く、また地温の日変化が大きいと発芽しやすいものが多くあるからである。

 本ビオトープ南側林内において行ったリター生産、リター分解速度、毎木調査の結果から、本ビオトープの年間炭素固定量は7.0tonC/yearであることが明らかになった。したがって森林全体としては、CO2を蓄積している可能性が非常に高いといえる。これは日本国内に現に存在する森林や林地ビオトープにおいて、莫大な量のCO2を蓄積している可能性が高いことを示唆するものであり、今後の地球温暖化防止対策策定において、必ず参照するべき重要なものであるといえる。しかし、単に植林を行うことにより森林生態系のCO吸収量が増大し、地球温暖化対策になりうるという考え方は安易であるといえる。なぜなら、森林生態系が全体としてCO吸収をしているか否かは、林床におけるリター分解と土壌からのCO放出に大きく依存しているからである。もしも、温暖化や不適切な森林管理によって林床の地温も上昇するならば、リター分解と土壌CO放出が加速されて、森林生態系のCO収支がマイナスに傾く危険性があるからである。また、CO吸収源として算定されるのは、今のところ「植林」および「管理された森林」であるが、これを重んじるばかりに、手をつけない方がよい天然林に手を加えるようなことは避けるべきである(藤森2004)。すなわちCO吸収機能を高めることだけが先行して、森林生態系のそれ以外の重要な機能(水源涵養や土壌流出防止、生物多様性保全など)を犠牲にしないように注意する必要がある。今後、本ビオトープ内の森林におけるCO2収支をより精緻に解明する研究を進める上では、林床の土壌CO2放出速度に留意しなければならない。また、草刈り管理で特に手間のかかっているヨモギ草原の樹林化をはかることにより、CO吸収機能の拡大をより期待することができる。その際の植林にあたっては、本ビオトープにおける林床の実生を移植することと、県立都市公園・群馬の森で2009年10月20日に採集したクヌギ、コナラ、シラカシの種子を用いることが望ましい。その上で、森林を破壊・劣化させることなく、森林の質を向上させていくことが地球温暖化対策として重要である。

 チノー・ビオトープについては本研究の結果により、今後のビオトープ管理について、以下のような提言ができる。

 高崎観音山での植物相調査により、3地点合計で在来種40種、外来種1種の計41種の生育が確認された。ほとんどが山野性植物または畑地性雑草であり、外来種は非常に少なかった。文献調査でも山野性植物などの在来種が100種と、この十数年程度以内の間に多くの在来種が生育していた可能性があることが明らかになった。また、この中にはラン科の絶滅危惧種も複数含まれていた。現地踏査で確認できなかった種でも、土壌シードバンクを形成している場合、そこから再生する可能性があると考えられる。これらのことから、高崎観音山からコナラ・在来種および土壌をチノー・ビオトープに移植した際、比較的速やかに山野性植物群落を再生できることが期待される。ただし、竣工直後(1〜3年目)は外来種の繁茂は避けられないため、刈り取り・引き抜き駆除を継続的に行うことが必要である。また、初年度であるので、モニタリング調査を開始し、それに基づいた育成管理手法を講ずることが不可欠であると考えられる。

 ビオトープ当地にはかつての水田が埋まっており、この土を掘り起こし、ビオトープ内に小規模な水域を造成して土を捲き出して「水田ビオトープ」を創出する予定である。その際、水際はゆるやかな傾斜を持った土の斜面にして、土壌含水率の環境勾配によってエコトーン(移行帯)が形成されるように造成するべきである。エコトーンは様々な湿性植物種が自らに適した土壌含水率の部分に定着し、生物多様性を高める効果があるからである。したがって、天沼親水公園や妙参寺沼親水公園のような、垂直のコンクリート護岸にならないように留意しなければならない。具体的には水場が10m×10mの大きさの場合、水深は50cm〜最大1m以下で、エコトーンは2m〜3m内外のスロープが望ましい。また、コナラ、クヌギなどを配置し、里山の森を再現するにあたっては、植林する際に等間隔で並べるのではなく適当に配置することと、密度をあまり高くしすぎないことにも配慮したい。これは、様々な条件・環境の場所が創出されることによって、多様な植物相の生育が期待できるからである。また外周や森の中に遊歩道を設けることにより、従業員の人々に対して、自然と触れ合える安らぎの場を創出することができる。このように、単純に緑地を創出しようというものではなく、本来の定義に沿ったビオトープの創出を目指しながら、造成・育成管理がなされることが期待される。

 男井戸川調節池においては、本研究の結果により、今後のビオトープ管理について以下のような提言ができる。

 出現した種は在来種24種、外来種4種の計28種で、主として水田・湿地性または畑地性のものであり、外来種の出現は少数であったことから、この保存土壌を竣工後に当地に撒き出すことによって、かつての在来種植生の迅速な再生がはかられると期待される。2008年には絶滅危惧種の生育が確認されており(高橋 2009)、当地は生物の保護上の重要性が高いといえる。今後の遊水池造成後の水生ビオトープにおける長期的な自然再生のためには、キシュウスズメノヒエなどの外来植物の駆除と管理のための継続的モニタリングを行う必要がある。特に竣工直後(1〜3年目の外来種の繁茂は避けられないため、刈り取り・引き抜き駆除を継続的に行うことが不可欠である。また、本ビオトープは地域住民と行政機関が協働参加で管理を行うため「外来植物マニュアル」などを作成し、一般の人々でも自然再生のために協力できるようにするなど、遊水池整備後の管理実施体制の構築と強化が必須である。地域住民が気軽に訪れられる環境をつくるなど遊水池を宣伝することで、少しずつ地域サポーター・理解者を増やしていくことが期待される。

 生物相が変化し、生物多様性がすでに失われた自然を復元することは容易なことではない。しかし本研究により、ビオトープなどの自然再生をはかる試みは、「絶滅危惧種などの生物多様性の保全機能」と、「気温の緩和や炭素固定などの環境安定化機能」を再生することができる可能性が高いことが明らかになった。これらを実現し、機能を拡大するためには、地域特有の自然や立地環境の復元を目指した育成管理、さらには人の手による継続的な関与が必要不可欠である。また、森林生態系におけるCO固定量をより拡大するためには、森林を破壊・劣化させることなく、森林の質を向上させていくことが地球温暖化対策として重要である。

 ビオトープづくりは、自然の自己回復力に手を添えるという創造作業の一局面である。持続的な真の自然再生を実現するためには、単なる見た目の良い造園ではなく、地域特有の自然や立地環境の復元を目指した育成管理、さらには人の手による継続的な関与が必要不可欠である。それと同時に、ビオトープ利用者への情報提供を行い、利用者のビオトープに対する理解や関心を深め、今後のさらなる成長を共に見守っていくことにつながり、ひいては一人一人の環境問題への意識が高まっていくことが期待される。

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