結論
群馬大学構内混交林においては、リター分解速度と土壌CO2放出速度が、地温や土壌含水率などの物理的環境条件、地中に生息する土壌動物、土壌微生物の影響を受けることが示唆された。このことから、リター分解速度と土壌CO2放出速度は様々な環境要因に影響を受けやすく、地球温暖化の進行によって地温が上昇すれば、リター分解が加速してCO2の放出が増加する可能性あると考えられる。小島(2003)によると、温度が上昇するとリター生産量が増加するので、土壌へのリター供給量も増加するとされる。これにより、土壌CO2放出速度のうち土壌微生物のリター分解の貢献度(39%)が、高まる可能性も考えられる。
京都議定書に続く「京都メカニズム」では、森林などの陸上生態系によるCO2吸収量をCO2排出削減目標量から差し引くことを認められている。しかし、その「森林」には森林下の土壌も含まれている。森林の管理方法によっては、この土壌からのCO2放出量が増え、また地球温暖化によって地温上昇が引き起こされれば、土壌微生物の分解活性が促進されて、さらに土壌からのCO2放出量が増大してしまう危険性があると推察される。こうなってしまっては、森林に見込むCO2吸収量の算定を変更しなければならず、地球温暖化対策も変更を迫られるかもしれない。また、森林生態系のCO2吸収機能を維持あるいは高めるためには、相応の適切な森林生態系管理が必要かもしれない。一方で、CO2吸収機能を高めることだけがが先行して森林生態系のそれ以外の重要な機能(水源涵養や土壌流出防止、生物多様性保全など)を犠牲にしないように注意する必要がある。CO2吸収源として算定されるのは、いまのところ「植林」および「管理された森林」であるが、これを重んじるばかりに、手をつけない方がよい天然林に手を加えるようなことは避けるべきである(藤森 2004)。
また本研究では、調査日の前日の天候が測定結果に大きく反映されることが示唆された。今後は、天候の影響を補正する方法を検討する必要がある。
リターバッグ法の精度向上と連続測定を可能にするため、本研究では新たにダミーバッグ法によってリターバッグ内のリターの含水率の推定を行うことを試みた。この試みは残念ながらうまくいかなかった。今後はリターの含水率を連続測定するなどして、リターバッグ法をさらに改良していく必要がある。
従来土壌CO2放出速度とリター分解速度は、森林内のごく限られた地点において測定され、これをもって森林全体の代表値とみなすことが多かった。これはもちろん、測定機器が高価であったことや、測定にかけられる労力・時間の限界を考慮してのことであるが、得られた結果の代表性、信頼性についてはあまり検討されていなかった。これに対して、本研究においては、安価かつ短時間で測定できる機器を導入して、各森林調査地に多くの測定地点を設け、測定地点ごとに土壌CO2放出速度・リター分解速度と地温・土壌含水率の関係を詳細に比較検討した。その結果、各測定地点における測定結果の間には、土壌含水率と地温では説明できない分散成分があることが示された。したがって、こうした地点間の持続的な変異は、リター量(リターの厚さ)の違いや、土壌微生物・植物根の量的違いなど、未検討な要因が影響しているとも考えられる。根圏構造の比較的単純なブナ林と違って、混交林では植物根からのCO2放出速度を分離して測定することは難しい。しかし、ブナ林でのCO2放出源分離測定の精度を向上させることとともに、混交林においても何らかの推定方法を検討する必要があると考えられる。
今後、森林におけるCO2収支をより精緻に解明する研究を進める上では、こうした森林内での土壌CO2放出速度の多様性に留意しなくてはならない。
京都議定書の第一約束期間(2008年〜2012年)がすぐそこまで迫っている現在、削減数値目標にこだわりすぎて、実際の森林生態系におけるCO2収支をすでに解明済みとするには、あまりにも実地研究結果が不足しているという事実がおきざりにされている。地球温暖化対策の抜本的な強化のためには、今後さらに日本各地の森林生態系におけるCO2収支の実態とその変動原因を解明して、実際には日本の森林生態系全体としてどれくらいのCO2吸収能力があるのかを解明することが必要と考えられる。