概 要
本論文は、群馬県内における山岳森林生態系の持続的利用と植物種多様性の現状について考察したものである。
古来より日本では、「里山」と呼ばれる、居住地域に隣接した丘陵地や山地を、燃料や堆肥、薪炭などに利用し、人と自然とが上手く関わりあっていた。しかし、1960年代の高度経済成長期の開発により、急激に自然環境が衰退し、エネルギー源も薪炭から石油へ大きく変化し、里山は急速に利用されなくなっていった。
里山の生態系機能の持続的利用のために、植物の多様性の保持を前提として、登山道等の設備とオーバーユースの低減の双方の施策のバランスをとることが必要である。そこで本研究では、群馬県自然環境調査研究会の調査の対象となった赤城山小沼および榛名山西部地域を集水域と里山の研究対象として位置づけ、これらの地域における植物種多様性と利用状況を解明することを目的とした。この目的に基づいて、現地踏査による植物相調査、土壌含水率と相対光強度測定、および発芽実験による種子発芽特性の解析を行った。
小沼においては、入り口付近でヤマハンノキやダケカンバなど落葉樹が多数生育し、水辺に近い地点では高山性の木本植物1種―5種、草本植物3−14種が生育していることが確認された。人工堰付近はシバやススキ、オオバコなど繁殖力の強い平地の植物が確認され、人為的影響による植物相の変化が示唆された。2005年春に入り口付近の木道が整備されたため、この工事による影響がないか今後も継続的にモニタリングする必要がある。
榛名山西部において調査した神社周辺は付近に畑があり、中程度の人為的攪乱があるためか、計21種類の在来植物の生育が確認された。溜池周辺では、アケボノソウ、ウシクグなど計13種類の生育が確認され、棚田付近も、住民が適度な利用の下に、アキノウナギツカミ、アレチヌスビトハギなど計16種類の植物が確認された。水田周辺は高い樹木により日当りが遮られているためか、確認種数は10種と少ないものの、里山湿地特有の植物が複数確認された。棚田や溜池周辺では絶滅危惧植物に指定されている、またはそれに準ずる植物も多く見られた。以上の地点は同じ地域内にありながらも、その植物相には異なった特徴がみられ、多様性に富んでおり、この地域の人々と自然とがバランスをとっていることが伺える。しかし、農村の高齢化が進み、農業の後継者不足も問題となっており、この良いバランスが崩れることも懸念される。そのなかにあっても、里山と共生する生活サイクルと、それが在来植物の保全の重要な要因となっているという貴重な関係が維持されることを期待したい。
また、今後はさらに学術的調査を続けて、この関係維持に繋がるような形で知見を蓄積することが必要であると考えられる。