概 要

 

今日、人間により破壊・改変された自然環境は、手を加えず放置しておけば回復するような状況ではなくなっている。その持続的な利用のためには、人間が積極的に自然環境の保全・管理を行わざるを得ない場合も多くある。

日本には非常に多くの河川があるため、いたる所に水辺域がある。したがって、自然環境と人間の活動との相互作用が最も顕著に現れる場が水辺域である。水辺域は水質浄化・維持機能をもつ。さらに、水域から陸域への推移帯(エコトーン)という特異な環境条件にあるため、そこには特異的な生物相が成立している。こうした特徴を有する水辺域の持続的利用のためには、管理母体の管理方針・方法が重要な要因となっていることが、新岡(2002)による赤城山覚満淵、沼田市玉原湿原、明和町アドバンテストビオトープの比較研究によって示された。水辺域は変動しやすい生態系であるため、ある程度の時間間隔で継続的にモニタリングを行い、その結果を管理方針・方法の向上に反映させなくてはならない。

このため本研究では、4年前に新岡(2002)が調査した県内3地点(覚満淵、玉原湿原、アドバンテストビオトープ)を再び調査対象として、管理母体の管理方針・方法の違いが水辺域の変遷に与える諸影響を解明することとした。

赤城山覚満淵での、植生調査において確認された30種のうち17種は、ゴマナやヤマドリゼンマイなどの高山性湿地に特有な植物であった。一方、ムラサキサギゴケやヘビイチゴなど、高山地には本来生育しないはずの植物もみられた。また、減少が心配されているニッコウキスゲは、11カ所で生育が確認されたが、個体数は少なく群生といえるほどの数はみられなかった。覚満淵内にて採取したイタドリ、トネアザミ、ヌマガヤ、マルバタケブキについて発芽実験を行なった結果、裸地化した土地に生息するイタドリが高い発芽率を示したが、ヌマガヤなどの湿性植物の発芽率は低かった。管理母体である群馬県庁へのインタビュー調査から、県ではワイド木道設置計画において水辺域に特異的な生物相には配慮してないこと、自然環境の現状把握はなされていないこと、結果的に自然環境保全よりも観光地としての利用促進を優先していることなど、4年前から管理方針・方法はほぼ変わっていないことが明らかになった。

 玉原湿原においては、オゼタイゲキやダケカンバなどの高山性植物を中心とした、38種の在来種を確認することができた。このうち、湿原の乾燥化に伴って侵入・拡大したと思われるヨシとハイイヌツゲが広範囲に分布しており、湿原内10カ所でハイイヌツゲの大きな群落が確認された。そのほとんどは木道沿いにあり、木道によって水の流れが妨げられ、湿原が乾燥化していることがその原因であると考えられた。またハイイヌツゲの結実個体は湿原内10カ所で確認された。特に湿原入り口の木道周辺で結実個体が多数確認され、逆に湿原内ではあまりみられなかった。土壌窒素濃度測定の結果、ハイイヌツゲ群落下の土壌は、ヌマガヤ群落下の土壌と比べて窒素濃度が高いことが示され、ハイイヌツゲが侵入地において、さらに大きく生育する可能性が示唆された。

 アドバンテストビオトープにおいては、水辺周辺に生育する植物を中心として植生・植物相調査を行い、47種の植物(在来種38種、外来種9種)の生育が確認された。ライントランセクト法による水辺植生調査をビオトープ内の3地点で行った結果、調査地点ごとに異なった植生の成立が確認され、ビオトープ内の水辺域の生物多様性が増大している可能性が示唆された。土壌窒素濃度測定の結果、根粒菌をもつマメ科植物下の土壌においては窒素濃度、特に硝酸態窒素濃度が非常に高いことが示された。アンモニア態窒素比はビオトープ土壌で低く(0.329-1.339mg/L)、玉原湿原の土壌で高かった(平均値:5.881mg/L)。この比は土壌が湿潤であると高くなるので、玉原湿原のような天然の湿地に比べれば、ビオトープの水辺は、まだまだ相対的に乾燥状態にあるといえる。管理母体であるアドバンテストグリーンに対するインタビュー調査により、本ビオトープ建設後5年の間、生態系としての確立をめざした「育成管理」が継続的に行われてきたことが明らかになった。本年度の調査においてビオトープ内で生育が確認された47種の植物のうち35種(およそ75%)が国内在来種であったことなどが、この継続的な育成管理によって生態系が確立されつつあることを端的に示していると考えられる。

このように、同じように人間による利用を目的として維持管理されている水辺域も、管理者の管理方針の違いにより全く異なる推移をたどることが明らかにされた。特に、水辺域を持続的に利用していくためには、生態系としての保全と育成管理という観点から管理方針・方法を改善していく必要があるといえる。

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