概要

 近年各地で取り組まれている、地域の生態系の復元を目的とした自然環境再生事業の一つとして、ビオトープ構築がある。ビオトープとは、ドイツで1世紀ほど前に提唱されたものであり、「生物相で特徴づけられる野生生物の生活環境」という意味を持つ。日本においては、1990年代に入ってから、生物の生息環境を人工的に復元した場所を指す用語として定着している。

 ビオトープは、その土木工事上の竣工をもって完成とすべきでなく、竣工完成後が実質的なスタートとなる。ビオトープを生長させていくには、その後の継続的な育成管理が必要不可欠である。ビオトープの趣旨である多様な種の生息する生態系を復元させるためには、物理化学的環境を多様化させることが最も重要であり、まず、植物相を多様化させる必要がある。そのための主たる方法には外来植物の除去・在来種の増殖促進がある。一般に外来植物は繁殖力が強く、在来種の生育を阻み、衰退させてしまうおそれがある。また、生物の多様性の低下や生態系の破壊を引き起こす危険が高い。そのため、勢力が過大な外来植物については除去する必要がある。一方、在来種については、周囲から風や鳥によって持ち込まれたものがビオトープ内に定着し、安定的に増えていくよう、手を添えていくことが望ましく、人間が無理に手を加えていくと、やはり生態系を破壊してしまうおそれがある。したがって、在来種の積極導入を行う場合には慎重に検討していくことが必要である。そこで本研究では、群馬県明和町アドバンテスト群馬R&Dセンタ2号館敷地内に20014月に造成されたビオトープを研究対象として、ビオトープ内に出現する植物の生態学的特徴を解明することにより、その除去または増殖に必要な基本情報を取りまとめることとした。ここで目的とした生態学的特徴とは1)発芽の温度依存性、2)フェノロジー(開花季節)、3)ビオトープ内分布である。

 発芽の温度依存性解析により、ビオトープ内に生育する外来植物のうち6種(アメリカフウロ、イトバギク、オオアレチノギク、ギシギシ、セイタカアワダチソウ、ツボミオオバコ)について土壌シードバンクを形成する可能性が示唆された。これらを短期間でビオトープから除去できる可能性は低いと考えられるが、個体を開花または遅くとも結実までに引き抜くことにより土壌シードバンクを縮退させ、多くの時間と労力を伴うが除去をはかる必要がある。一方、ビオトープ内に生育する在来種においては2種(ヤブジラミ、ヨモギ)について土壌シードバンを形成する可能性が示唆された。

 4月〜10月の7回の開花フェノローと植物相調査により、ビオトープ内全域において72種(外来種24種、在来種48種)の植物の生育が確認された。このうち、2004年度に初めて出現が確認された種は33種(外来種7種、在来種26種)であった。以上より、本ビオトープでは本来の目的通り、着実に日本の自然が復元されつつあるといえる。また、各月(4月〜10月)に開花が確認された植物のうち、在来種数は、4月に12種と最も多く、ビオトープの目的にあった最もよい景観がみられるのは、4月であるといえる。

 6月〜9月の植物の分布位置・分布面積調査により、在来種の開花数は9月に10種と最も多く、分布面積が最も大きかったのは外来種のヘラオオバコであることが明らかになった。これらの情報を看板などに記してビオトープ内に設置することにより、利用者のビオトープへの理解や関心を深め、本ビオトープは利用者とともに生長していくものと期待される。


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