はじめに
帰化植物とは、国外原産地から人間によって意図的、あるいは偶然に運ばれ、当該国で野生の状態で繁殖・定着したものを指す(長田、1976)。日本のように四方を海に囲まれ、北方領土以外国境も存在しない国においても、外来植物が輸入物の中に紛れるなど、様々なルートで持ち込まれ、帰化する事例は非常に多い。例えば、日本で見られるタンポポは、カントウタンポポではなく、大半が帰化植物であるセイヨウタンポポである。これは、台風の風によって日本に侵入し、定着した。
帰化植物を侵入の歴史から大別すると、人類が日本に移住する時に入ってきた史前帰化植物や、江戸時代末期より後に入ってきた新帰化植物があるが、今日一般的に帰化植物と呼ばれ、問題とされているのは後者のうち明治以降に帰化した植物である。特に第二次世界大戦後には、海外から飼料・食料、園芸等目的の植物輸入量が増加し、それに伴って帰化生物の侵入が急激に増加しているのが確認されている(浅井、1993)。これまでに日本に定着した帰化生物は、脊椎動物34種、昆虫200種ほどに対して(大石、1999)、帰化植物は621種(宮路、1994)から800種(浅井、1993)ほどと言われ、圧倒的に植物が多い。
帰化植物の増加が問題視される最たる理由は、侵入力と競争力がたいへん強いため、その侵入によって在来の植物が駆逐されて衰退し、ひいては従来の生態系のバランスが崩れ破壊される恐れがあることである。また、花粉症・アレルギー症など人間の健康に直接悪影響を及ぼすものも一部存在する。
帰化植物が高い侵入・競争力を持つ原因としては、虫や動物等の天敵が少ないうちに環境に適応して大繁殖できることが考えられる(山口、1997)。また、オオブタクサ、ブタクサ、ヒメジョオン、セイタカアワダチソウ等の帰化植物は、他の種の植物に対して発芽や生長を阻害する化学物質を分泌し、独自の群落を作るアレロパシー(他感作用)機能を持つことも大きな要因の1つであると考えられている(大石、1999)。しかし、そもそもなぜ環境適応力が高く、繁殖能力も高いのか、その原因は明らかではない。
そこで本研究では、近年日本で分布の急速な拡大が見られており、今後一層の拡大が危惧されているオオブタクサとハナダイコンの2種類の帰化植物の生態特性を解析し、今後の帰化植帰物一般への対策の基礎データを提供することとした。
オオブタクサに関する先行研究で明らかにされている事を以下に列挙する。
@ 日本では、都市およびその周辺の大きな河川の河川敷、造成地、廃棄物の処理場などに群生し、ほぼ日本全国に分布が見られている(鷲谷、1996)。
A 非常に強い競争力と、攪乱依存性があり、巨大な草丈と高個体密度の群落を形成し、侵入地域の植物の種多様性を低下させる。その草丈は、時には6mに達するほど巨大化する(鷲谷、1996)。埼玉県が特別天然記念物に指定した荒川河川敷のサクラソウ自生地においては、わずか10年でオオブタクサが保護地区の3分の1を占めた(宮脇、1994)。
B 比較的低温環境においても自生が可能である。群馬県内の利根川流域における分布調査によれば、その北限は利根川上流の水上町にまで達していて(高橋、2001)、土地面積あたりの種子生産能力は南部の個体群と同等に高く、また低温でも種子発芽能可能となっているなど、寒冷な気候に対する適応が進んでいる(吉井、2002)。
C 低温環境における個体の成長速度は遅い可能性がある。群馬県南部の伊勢崎の個体群と、北部の水上の個体群を現地比較したところ、水上の方が現地での生育速度が低かった。(吉井、2002)
以上の結果より、オオブタクサについてさらに研究が必要な事項を以下に列挙する。
@ 低温環境である水上に自生する個体は、南部の伊勢崎の個体よりも生来的に生長速度が低いのか。両地より採取した個体を同一の環境条件下で栽培し、生長速度を比較しなくてはならない。
A 現地での生長速度が、水上の個体で伊勢崎の個体よりも低くなる原因は、気温の違いだけによるものか。再度両調査地の気温を比較すると共に、土壌窒素含量を解析する必要がある。
B 帰化植物は一般に好窒素性植物で、窒素レベルの変化に極めて敏感に反応する(榎本、1987)が、オオブタクサも同様であるか。特に河川敷に分布が多いことと、土壌窒素態組成(硝酸態、亜硝酸態、アンモニア態)との間に因果関係があるのか。窒素態組成の異なる窒素肥料を投与し、オオブタクサの生長速度比較実験および種子生産量比較を行う必要がある。
次にハナダイコンに関する先行研究で明らかにされている事を以下に列挙する。
@ 高温環境下で発芽率が高く、低温環境下では発芽率が低い(津村、2002)
A インターネット調査の結果、日本では北部地域より南部地域に分布が多い。(津村、2002)
以上の結果より、ハナダイコンについてさらに研究が必要な事項を以下に列挙する。
@ 日本北部において分布がほとんどないのはなぜか。分布しないのは、冬に積雪がある地域である。ここより、積雪によって光がさえぎられると、良好な生育ができない可能性が考えられる。分布地点での相対光強度を測定し、また実験的に異なる光条件を設定して、生長解析および枯死率比較を行う必要がある。
本研究では、以上をふまえて、オオブタクサとハナダイコンの生育地における環境測定、および、人工環境制御下における栽培実験を行った。