概要

 ダムとは、治水・利水・砂防などのために、河川・渓流などを堰き止める構造物である。ダム開発は、広範囲の自然環境、社会環境・文化環境に影響を及ぼす。しかし、日本では、建設省は長年、ダムによって失われる自然の持つ力や多様な生態系、水循環や、自然環境を、無価値なものと考え、ダムから得られる利益のみを計算して、全国にダムを造りあげてきた(天野 2001)。そして、ダムは今もなお造り続けられている。これらのダムの計画・建設は、建設地の住民にとってダムを造る意義が何であるのか明らかにされないまま行われている。そこで、本研究では、ダムが出来てから32年が経っている下久保ダム地域と、これから本格的な建設に入る八ッ場ダム地域において、自然環境(植生)調査を行った。この2地域の調査結果を比較解析することにより、従来ないがしろにされがちであった、地元の住民にとってのダムの計画・建設の意義を明らかにした。
 調査は、吾妻渓谷7地点、三波石峡2地点、神流湖3地点で行い、地点ごとに出現した植物の種名を調べた。また、治水・利水の効果、地質、水質、民俗・文化について文献調査を行った。
 その結果、吾妻渓谷では木本53種・草本37種、三波石峡では木本30種(うち帰化植物1種)・草本18種、神流湖では木本6種・草本38種(うち帰化植物11種)、が出現した。八ッ場ダムが建設されると、26種の木本 と13種の草本が水没することになり、ダムサイト建設予定地に生えていたイワタバコはコンクリート詰めとなる。工事が行われた場所(A3地点)では、タケニグサなどの攪乱地を好む種が入ってきていた。また、ダム湖周辺には、新たに攪乱地を好む種や帰化植物が入ってくる。ダム建設により水没する面積は3,160,000Fで、ダム建設に付随する工事によって攪乱地を好む種や帰化植物が入ってくる面積は、150,000Fである。
 ダム計画の発端となった昭和22年のカスリーン台風の洪水の動きを見ると、吾妻川上流の洪水は八斗島地点の洪水にはほとんど影響していない(図11)。また、吾妻渓谷はもともと洪水調節機能を持っているため、ダムが建設されても治水の効果はあまり見込まれない(嶋津 2000)。夏期の利水容量は20日分しかない。さらに首都圏の水需要は近いうちに頭打ちになるため、利水についてもあまり効果が見込まれない。 以上のように、八ッ場ダムは治水・利水という本来の目的の効果があまり見込まれていないだけでなく、ダムの水が八ッ場地域の地滑りを活発化させる可能性や水質が悪化する可能性も指摘されている。ダムが出来ることで建設地一帯が、観光資源としての利用価値の低いものに変わる。ダム湖を利用価値のあるものにするには、水質管理と植生の再生が課題となる。そのために八ッ場ダム建設計画を、現在の環境影響評価法に基づいて再評価し、対策を検討することが必要である。さらに、ダム建設後も対策は続けられるべきである。これらにかかる費用は、生活再建の一部であるので、ダム建設側や下流の受益者が負担すべきである。

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