Opendoor行政学研究室


行政とは何であり何であるべきか。この問いは民主主義の理念と現実をどのように捉えるかという問いと結びついている。行政学は行政現象を解明する「社会科学」である。同時に、行政学は現代社会における行政活動の意味を問い、学としての行政学の意味を問う「フォーラム」でもある。


■「学」の源泉をたずねて ―― D.ワルドー 『行政国家』

行政学の古典の1つに、ドワイト・ワルドー『行政国家』(初版、1948)*という文献がある。
   *Dwight Waldo, The Administrative State: A Study of the
   Political Theory of American Public Administration.  
Ronald
    Press, 1948.

本書はイェール大学に提出されたワルドーの博士論文がもとになっている。

ドワイト・ワルドー(Dwight Waldo, 1913-2000)は戦後アメリカ行政学の中心的な研究者として活躍する。ワルドーは、『行政国家』第2版(1984)刊行の際、長文の序章を寄稿した。その序章によれば、彼の行政学への接近は、政治理論の観点あるいは思想史的な関心から始まったのだという。

どのような関心であったか。少し長くなるが引用しよう。

「わたくしの興味を引いたのは、民主主義の理論や慣行(と称されているもの)に関連して、民主主義が具現すると仮定されている平等――自由とともに――に対立するという意味で非民主的な理論や慣行――どういうわけか、『すべては平等』ということを『しかしあるものは他のものよりももっと平等』ということで修正する理論や慣行――が存在するという事実であった。たとえば、例として(網羅的に、というわけではないが)、特殊の美徳や知識は地を耕すことから生まれる(必ずしも農耕を切り盛りすること、農園を管理することが役立つわけではなかったであろうが)という理論、この文明を築いてきたと言われているビジネスマンたちがそれの統治の仕方をもっともよく知っているという理論、法を天職としている人たちが法の支配に専念する政府において特権と権力の任務につく資格があるという理論が、これである。民主的政府において特別の地位を主張するものの一つに、公行政の文献を生みだした人びとによって主張されたもの――『公共サーヴィス』や『公務員』ということばによって多少とも被い隠された主張――があった、とわたくしには思われた。」*

   *「回顧と展望」、D.ワルドー『行政国家』(山崎克明訳)(九州大学
   出版会、1986年)2頁。下線は引用者。

ワルドーの文章は幾重にも留保条件がつけられていて、論旨を追跡するのに苦労する。学生のとき、おそるおそる『行政国家』を読んでみて、まずはじめに惹きつけられたのは、上記のアンダーラインを引いた部分だった。

[参考文献]
D.ワルドー『行政国家』(山崎克明訳)九州大学出版会、1986年。
Dwight Waldo, The Administrative State: A Study of the Political Theory ofAmerican Public Administration, 2nd ed., Holmes & Meier Publishers, 1984.


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