ここには、『インターネットを使った調査の有効性』(代表者:別府庸子、1997年、平成8年度山形県
立米沢女子短期大学共同研究報告書)のなかの筆者の担当章をもとにして、さらに後に追加しておこなっ
た未公刊の調査資料をあわせて、群馬大学社会情報学部内でのSAT研究会で報告した資料の一部をとり
あえず再掲する。
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2000.10.24 SAT研究会資料

    通常質問紙による回答と電子調査票による回答のバラツキの違いについて

                                     柿本敏克

概要: 電子調査票を用いた調査の結果と通常の質問紙調査のそれとの間に何らかの違いがある
のかという漠然とした問題関心から、前任校での学内共同研究の一部としておこなった1997年
の研究の結果、日本人一般に対する印象評定と態度項目の両者で電子調査票での回答のバラツキ
が質問紙調査の回答のそれよりも大きいという傾向が一貫して見られた。
 しかしこの研究では回答者の割り当てに関して方法上の問題があり、この結果は両質問形式へ
の回答者の属性の違いによる可能性もあるため、回答者を2つの回答形式に無作為に割り当てた
新たな調査を昨年おこなった。その結果、再び同様の結果が得られた。すなわち電子調査票を用
いた印象評定・態度項目における回答のバラツキが、通常の質問紙のそれよりも一貫して大きか
った。この回答のバラツキの違いは調査票形式がうむ「気分」の差という観点から考察された。
またデータの再分析によりこの仮説を支持する結果が示された。

                    研 究 1
目 的
 同じ質問内容を通常の質問紙とWWW上の質問紙(電子調査票)で尋ね、両者に何らかの違い
が認められるかを探索的に検討する。

方 法
 学内共同研究「インターネットを用いた調査の有効性」の一貫として、研究協力者のいる米国
ワシントン州のコミュニティカレッジに所属する学生を対象に、日本人一般に対するイメージ・
態度等に関する質問紙調査を紙媒体とWWW上でおこなった。他にインターネット利用実態、メ
ディア媒体における倫理問題、対人特性価値観などに関する質問項目が含まれていた。
手続き 1996年9月中旬に通常質問紙を研究協力者に送付し、配布・回収を依頼した。また
電子調査票に学生の回答が得られるよう同じ研究協力者に依頼した。電子調査票の有効データ締
切は1997年2月17日とした。
調査項目 質問紙は回答者の母語にあわせて英語で作成された。日本国民に対する印象を「臆
病だ-大胆だ」「距離をおいている-親しみやすい」(反応形式は7件法)などの12の形容詞対
尺度で、日本人一般に対する態度を「私は日本人が好きだ」「私は日本人に興味を感じない」(反
応形式は1.全く賛成-7.全く反対)など7項目で尋ねた。その他、紙媒体と電子媒体の質問紙がそ
れぞれどのように受け取られたかを6つの質問項目で尋ねた(詳細は別紙参照)。

結 果
 結果の概略 通常質問紙への回答者は161人、電子調査票への回答者は33人の合計194人。
日本人に対する印象、態度とも概ね好意的なものであった(Fig.1, Fig.2参照)。
 調査票形式間の比較 印象・態度とも平均値にはほとんど差はみられなかったが、印象・態度
ともに電子調査票での回答の分散が通常質問紙のそれよりも大きいと傾向がみられた(Table1と
Table2を参照)。
 調査表形式に対する好み 電子調査票への回答者は、「電子」式調査を他の形式よりも好む
ようだ(Talbe 4参照)。

考 察
 日本人に対する好意的な印象・態度は、調査対象地での日系人・日本人の評価を反映している
のかも知れない。あるいは調査主体への暗黙の配慮の反映の可能性もある。調査形式間の回答分
散の違いは、回答者の属性の違いによるのかも知れない。回答者を統制した研究が必要である。


                    研 究 2
目 的
 研究1でみられた調査形式による回答分散の違いを、回答者を統制した上で確認する。

方 法
 研究1とほぼ同様の方法をとった。但し回答者は日本人で、米国人に対する印象・態度に関し
て質問した。
 手続き 1999年12月中旬に山形県立米沢女子短期大学国語国文学科1年生(114人)の必修
授業の最初の20分を使って調査をおこなった。あらかじめ無作為に割り当てておいた通常質問紙
回答群と電子調査票回答群の回答者は、それぞれ別室で質問紙に回答した。
調査項目 研究1と同様の内容を日本語で、米国人に関して作成した。

結 果
結果の概略 通常質問紙回答群と電子調査票回答群の回答者は、それぞれ44人と34人であっ
た。全体に米国人に対して好意的な印象・態度が示された。
 調査表形式間の比較 米国人に対する印象・態度とも、電子調査票での回答が通常質問紙よ
りも分散が大きいという結果が得られた。これは研究1と同じ傾向である(別紙参照)。

考 察
 調査票間の反応のバラツキの差について 次に、回答者の反応のバラツキ具合が、通常質問
紙よりも電子調査票で大きかったことは、どう考えられるだろうか。
 a. 回答者の属性の差 一つには電子調査票への回答者の属性が、通常質問紙への回答者のそ
れとやや異なっていた可能性がある。通常質問紙は、調査協力者が直接調査対象者に配布し、回
収したと考えられるが、電子調査票への回答は、調査対象者が自主的に端末にログインし、かつ
積極的に該当ホームページを探して答えなければ得られなかったはずである。つまり、電子調査
票への回答は、その調査媒体の性質上、電子メディアに比較的なじみのある群に偏っていた可能
性がある。また個人特性に関しても、比較的に積極的な層に偏っていたかも知れない。
 実際に、別の調査項目の結果は、通常質問紙への回答者の67.7%がインターネットを普段まっ
たく使わないのに対して、電子調査票への回答者で普段まったく使わないのは、39.4%に過ぎな
いことが示されている(χ2〔1〕=9.40, p <.01 パーセンテージは欠損値を含んだ値である)。し
かし望ましい個人特性に関する別の調査項目の結果によると、「野心」や「熱意」を望ましい特
性として重視する度合が、電子調査票への回答者よりも通常質問紙への回答者の間でかえって強
いことが示された(おのおのについて「非常に重要」と答えた者の割合は、「野心」に関しては
通常質問紙群で59.6%、電子調査票群で42.4%、「熱意」に関してはそれぞれ57.1%と36.4%
であった)。
 しかしいずれにせよ、インターネット利用経験と重視する個人特性に関するこれらの相違が、
果たして、またいかに、日本人に対するイメージに関する回答のバラツキに違いをもたらすのか
について、合理的な説明をつけることは現在のところ容易でない。

 b. 調査票形式が生む「気分」の差 調査票形式間の回答のバラツキの違いに関する別の説
明として、気分が認知作用に及ぼす効果を取り上げることができる。人は「快」感情をもつ時に
そうでない時よりもすばやく、直感的に判断しやすいことが、いくつかの研究によって示されて
いる(cf. Fiedler, 1988)。電子調査票に記入した回答者群が「電子」式調査を有意に「楽しい」
と評定し、通常質問紙に記入した回答者群が「紙と鉛筆」式調査をそれほど「楽しい」としなか
ったことから(Table 4 参照)、回答記入時に、前者が全体として「快」感情をより強くもってい
たことが推測される。日本人イメージについてのあまり統制のされない直感的な判断が、回答の
バラツキとして現れた可能性がある。この推論が正しければ、回答者の直感的な判断が重視され
る場合には電子調査票が、慎重な判断が重視される場合には通常の質問紙が望ましい、と暫定的
に言えることになる。
 この推論の是非を検討するために、調査票形式の違いを込みにして全回答者の反応を対象とし、
「快」感情の指標(調査票記入の「楽しさ」)と、日本人一般への印象評定12項目における個人
内分散との相関を計算してみた。もし「快」感情が直感的反応を促進し、印象に関してある項目
への回答のバラツキ度合を大きくするのなら、ある回答者を取り上げた時に、「快」感情によっ
てその反応の個人内分散も同様に大きくなることが予想できる。
 計算の結果、印象12項目間の個人内分散は、「紙と鉛筆」式と「電子」式記入の「楽しさ」指
標との間に、小さいながら有意で正の相関をもつことが分かった(順に r =.27, n=176; r =.23, 
n=173, ともにp <.01両側検定。「対面」式調査の「楽しさ」指標とは無相関であった r =.03)。
すなわち、「快」感情が大きいほど個人内での反応のバラツキも大きくなったと言える。これは
先の、調査票形式が生む「気分」の差が回答のバラツキを大きくしたという推測の、有力な傍証
となろう。
 なおさらに、ここで「快」感情の指標として用いた、「楽しい」と思うかを問う調査項目自体
にも、同様の回答のバラツキの違いが調査票形式間で見られた(Table 4 のF値参照)。これは「気
分」が及ぼす効果が、日本人イメージのみに関わるのでなく、判断一般に該当することを示唆す
る結果と言えるかも知れない。
 しかし、この「気分」の差説に否定的な要素も存在する。本稿に関する調査項目のうち、調査
票形式に関する回答者の評価(「理解しやすかったか」等)には、調査票形式間でバラツキ度合に
差が見られなかった(Table 3 参照)。事実関係の評価を求めた質問か個人的な判断を求めた質問
かという違いはあるが、いずれにせよ「気分」の差説に関しては、いくつか修正を加える必要が
ありそうだ。今後のさらなる検討が待たれる。