ここでは、この研究プロジェクトのもっとも早い時期の試みであった、筆者の前任地での実践研究に関
する報告をとりあげる。山形県立米沢女子短期大学の平成8年度公開講座「地域社会と情報化」のうちの、
筆者が担当した同名の講義をもとに、『山形県立米沢女子短期大学生活文化研究所報告』第24号[53-
68頁]に掲載された文章の再掲である。図表と付録が省略されている。
 他に前任地の「卒業研究」で指導した学生の論文要旨のなかに関連するものがいくつかある。 
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              インターネットを用いた学生国際交流 {1}
               ─ 米沢女子短期大学の事例 ─

                                        柿 本 敏 克 

はじめに
 「地域社会と情報化」のテーマの下で組織された本学の今年の公開講座の中で、筆者が担当したのは、
筆者自身がその実践に携わっている、インターネットを用いた学生国際交流の事例報告であった。本学で、
インターネットを用いた学生国際交流が可能となったのは、最近の情報化という流れの中でも、最も顕著
な現象であるインターネットの普及が基礎的条件となっている。また地域社会との関わりでは、今回、学
生国際交流の相手となったビッグベンド短大(Big Bend Community College)が、本学の地元の米沢市
が姉妹都市関係にある、米国ワシントン州モーゼスレイク市にある公立短大であったという点をあげるこ
とができる。これら情報化と地域社会の2つの接点としてこの学生国際交流を位置づけ、ゆるやかながら
も、筆者の専門である社会心理学の観点からそれに接近してみた。
 さて、本稿は大きく3部に分かれる。第1部では、今回の学生国際交流の背景として、その媒体である
電子メールをその一部として含む、電子コミュニケーション一般の利用状況について概観する。第2部で
は、現在進行中の本学における学生国際交流について概要を述べる。第3部では、今回のインターネット
を用いた学生国際交流の中で、本学側の参加学生が交流相手に対してもつ印象が、いかに変わったかを捉
えるため実施した調査について述べる。{2}

電子コミュニケーションの利用状況
 インターネットを用いた学生による国際交流が可能となるには、インターネットをはじめとする電子コ
ミュニケーションの物理的・社会的環境が、学内・学外で整備されることが前提となる。そこでまず、電
子コミュニケーションとはどのようなものなのか、またそれが現在、我が国でどのような状況にあるのか
を、筆者の知る範囲で述べておく。
 使わないから使えない? その前に、「電子コミュニケーション」という大げさな呼び方に、臆するこ
とはない、ということを述べたい。図1は1996年5月出版の『メディアサ

							図1を挿入

イコロジー』(川浦ら, 1996)という書物より引用した「情報機器利用能力」に関する資料である。ここで
いう情報機器利用能力尺度とは、ワープロ・ビデオデッキ・ファックスなど、現在、我々の身の回りにあ
る様々な情報機器をどれだけ使いこなす技能があるかを、16項目についてそれが「できる」か「できない
か」で答えてもらって合計した指標である(表1)。16点で満点になり、得点が高いほど各種の情報機器
を使いこなす能力があることを示す。{3} 

							表1を挿入

 図1の内、学習経験と情報機器利用能力得点との関係に注目すると、学習経験がない人達の得点平均は
16点満点中、5.1点であるが、情報機器のうち1種類の学習経験がある人達の得点平均は10.0点とほぼ
2倍になり、2種類の情報機器の学習経験がある人達の場合、それが11.2点とさらに増えている。これは、
1種類でも情報機器の学習をした人は、一般に、他の多くの情報機器に対する使用技能も持ち合わせるこ
とになり、学習した機種が多くなれば、さらにその傾向が増大することを示していよう。何か1つでも2
つでも使うことによって、情報機器一般への馴染みが出てくることを示唆していよう。さらに、表1の上
段からは、情報機器に対する気後れといった心理的抵抗感をもつ人ほど、情報機器利用技能が低いことが
示される。気後れして使わないことが、使えないことにつながっているとも解釈できる。各種情報機器も、
まず使ってみると親しみがわき、心理的抵抗感もなくなるのではないだろうか。電子コミュニケーション
も、情報機器を道具として使ったコミュニケーションであると考えると、使ってみると使える、というこ
とかも知れない。
 電子コミュニケーション さて、現在のインターネットの代表的機能の中身は、電子メール、ホームペ
ージ(遠隔ログイン)、ファイル転送の3つであると思われる。このうち、双方向のコミュニケーション
手段としてはテレビ電話が普及していない現在では、電子メールの利用が中心となっていると言えよう。
インターネットでの電子メール・サービスは、元々、国家の壁を超えて、研究者間の学術的な連絡の便宜
を図るために作られたと言われている。その名残は、現在でも研究・教育機関の電子メールのドメイン名
(「@」より後ろの部分)に、「xxxx@xxx.ac.xx」と、学術(academic)機関を示す「ac」が使われてい
ることに見ることができる。これに対し、筆者が留学中の英国で1991年頃に電子メールを利用し始めた
頃は、大学・学術機関以外では全て「xxxx@xxx.co.xx」と、商用(commercial)であることを示す「co」
を使っていたように記憶している。
 因みにこの頃、この留学先の大学では、学内の電子ネットワークの整備を進めている最中で、電子メー
ルの利用が盛んになりつつあったが、同じ頃、日本では大学・学術機関でも、一部を除いては電子メール
はそれほど利用されていなかったように思う。しかし数年遅れて普及しだした日本の学術機関での電子メ
ール利用は、1994、95年頃からインターネット上でのホームページによる組織紹介・案内と一体となっ
て急速に拡大し、1996年10月現在では、ほとんどの大学・学術機関が、インターネットを通して電子メ
ールを利用するに至っているのではないだろうか。
 さて、昨今のインターネット利用の拡大以前から存在した、電子コミュニケーションの形態としては、
(電信・電話を別とすれば)パソコン通信がある。パソコン通信の中心的機能は、基本的には現在の電子
メールと同じであると考えられる。実際、筆者が利用したことのある2つのパソコン通信サービスは、現
在、電子メールに関して、学術機関におけるネットワークと相互乗り入れを行っている。そこで次に、パ
ソコン通信について、少し前になるが1993年の時点での利用実態を報告・分析した、『電子ネットワーキ
ングの社会心理 ─コンピュータ・コミュニケーションへのパスポート』(川上ら, 1993 誠信書房)から、
いくつか資料を引用しよう。
 パソコン通信 図2は、現在パソコン通信サービスを提供している大手2つ(ニフティサーブとPC-
VAN)の会員数の変化を、継時的に示したものである。1986、87年あたりから両者ともサービスを開始
しているから、搖籃期からの変化を示したものと言える。1987年の時点では両者とも数万人の会員をも
つに過ぎなかったが、年を追うとともに加速度的に会員数を増やし、1992年の時点では40万人を超え、
50万人に近づいている。5年間に数十倍に膨らんだと言える。両者ともその後さらに会員数を伸ばし、1996
年6月末の時点では、ニフティサーブが183万人、PC-VANが177万人となっている(他のサービスを
含めたパソコン通信全体の会員数合計は、同時点で573万人となっている:1996年10月20日朝日新聞
記事より)。

							図2を挿入

 ここで重要なのは、筆者の実感が正しければ、1994年頃からの我が国の学術機関での電子ネットワー
クの普及に先立つ数年前、90年代初期の時点で、日本でも多くの人々が、数十万人規模で、商用のパソコ
ン通信を通して電子コミュニケーションを図っていたということである。確か1992年頃に、大手の商用
パソコン通信サービスとまだ規模の小さかった学術機関の電子ネットワークが接続されたから、これを契
機に、元々パソコン通信を利用していた学術機関の構成員が、各機関において電子ネットワークの整備・
利用を普及させる役割を果たしたのではないか、と個人的に推測している。{4}
 このことに関連して、同じく『電子ネットワーキングの社会心理』より引用したコンピュータ・コミュ
ニケーション関連年表(表2)を見ていただきたい。まず、米国では既に1969年から、国防総省の働き
かけにより電子ネットワークの運用が始まっている。但し、これは軍事目的であったと思われるので、一
般の利用はなかったと考えられる。米国でも電子メールが普及しだしたのは、80年代に入ってからではな
かろうか。日本では1984年10月に、学術用電子ネットワークであるJUNETが、運用を「実験的」に始
めた。しかしそれが学術機関一般に普及する前に、前述のように商用パソコン通信サービスが会員数を伸
ばし始めた。1986年4月にはPC-VANが、1987年4月にはニフティサーブが運用を開始している。大
学・学術機関での電子コミュニケーションが盛んになる相当前から、これらパソコン通信のサービス(つ
まり電子メール)を利用する人達がいた、ということである。

							表2を挿入

 ここで、個人が、大学・学術機関以外で電子メールを使う際の問題点について、少し述べておこう。ま
ず当然のことながら、電話回線を使って電子メールを使うには、通信に必要なパソコン、モデムなどのハ
ードウェアを購入する必要がある。安くなったとは言え、それでも数十万円はかかる。また商用のパソコ
ン通信を通して電子メールを使うためには、これに加えて、加入料と利用料金・電話料金を個人が負担し
なければならない。また、教育機関の外では、初心者にとっては重要な、電子メール利用に関する初期の
適切なアドバイスが、相対的に得られにくいと考えられる。筆者の利用したことのある2つの商用サービ
スでは、ともに初心者のためのコーナーが準備されていたが、自分で手引き書を読んだり文書で教示を受
けるのと、実際に対面して人から教えてもらうのとでは、やはり違いがあると思われる。

米沢女子短期大学での学生国際交流
 交流開始までの経緯 さて、前節では、我が国での電子コミュニケーションについての一般的状況を簡
単に述べた。次に、本学でのインターネットを用いた学生国際交流について、具体的に述べる。本学では、
新設された社会情報学科が1994年4月に第1期生を受け入れ、同年末には、情報処理教育の充実をねら
いの一部とした情報棟が完成した。1994年度後期より、情報棟の設備を用いた情報処理教育が始められ、
さらに1995年6月には、情報棟内からインターネットのサービスが可能になった(本学のインターネッ
トとの接続に関する詳細は、高尾〔1995〕を参照されたい)。これによって、本学での電子コミュニケー
ションの物理的環境が一応、整ったと言える。また同時期に徐々にではあるが、通信用ソフトの使用法そ
の他についての学生に対する指導が、講義・演習等で始まった。
 これと前後して、米沢市と姉妹都市関係にある米国ワシントン州モーゼスレイク市にある、前述のビッ
グベンド短大より、本学に対してインターネットを通した交流についての打診が寄せられた。これに対応
して、本学では1995年11月に、学生に異文化理解と科学技術を利用した国際交流体験を身につけさせ
ることを趣旨とした、「インターネットによる学生交流計画」が作成された。残っていた技術的問題が解
消した1996年3月から、「インターネット交流委員」を中心に、実際に両大学の学生間の交流についての
検討が開始された。基本的には、双方の参加学生を登録した電子メールのメーリングリストを作成する、
という方法を取ることになった。この間のやや詳しい経過については付録を参照していただきたい。
 TALKによる両学長の会見 1996年度に入ると、ビッグベンド短大の担当者と連絡を取りつつ、本学
側でも、この交流に参加する学生が組織された。実際の交流開始に先立つ5月17日、本学とビッグベン
ド短大の両学長による会見が設定された。TALKというシステムで双方の端末を直接接続し、文字(英語)
による対話を行うというものであった。5月17日の午前9時(現地時間5月16日午後5時)に、本学側
では情報棟2階の社会情報実習室に場所が設定された。対話に用いられた端末は、同室内の大型モニタに
も映し出され、報道関係者その他の観衆の便宜が図られた。図3は、当時の端末上での対話の一時点であ
る。本学の佐々木学長(当時)からまず挨拶が送られ(写真左上の上部窓)、ビッグベンド短大のボナー
ディ学長がそれに答える(同左上の下部窓)、というように対話が始められた。図4は、読売新聞が6月
12日に、この時の模様を含めて本学でのインターネット国際交流を紹介した記事である。

							図3を挿入

							図4を挿入

 インターネット交流の実際 前述のように、本学のインターネットを用いた交流では、電子メールのメ
ーリングリストを作成するという方法をとった。少し詳しく述べると、まず本学とビッグベンド短大の双
方で参加する学生を確定し、次に学生が共同で使用するメール・アドレスを作成した。この共同のアドレ
スに、参加学生おのおのの電子メールアドレスを登録し、登録されたメールアドレスから共同アドレスに
メールが送られると、全ての登録アドレスにそれが送信されることになっていた。つまり、本学側とビッ
グベンド短大側とを問わず、登録メンバーのみが、他の登録メンバー全員に対してメッセージを送り、登
録メンバー以外にはそれが読めない、という形式になっていた。電子メールの作成には技術的・社会的理
由から、全て英語のみが使われた。共同アドレスが受信したメールは、着順に番号をつけて保存され、要
求に応じて取り出せるようになっていた。本学のインターネット交流委員とビッグベンド短大側の担当者
の電子メールアドレスも、この共同アドレスに登録されていた。
 図5に、本人の許可を得て、本学側の参加学生のメール1通を掲載した。メールの上部には、日付・時
刻、送り主(伏せ字)、主題、宛先、その他があり、下部に実際のメッセージ内容が書かれてある。交流
開始後、初めてメールを送ったもので、自己紹介から始まっている。最後の部分には映画の話題が書かれ
ているが、これは、この前日にビッグベンド短大側から送られてきたメールに、映画の話題が含まれてい
たのに対応したものだと思われる。

							図5を挿入

 まず双方とも少人数で、試験的交流をするという計画であったので、参加学生は、最初に組織した時点
では、本学側で3名、ビッグベンド短大側で6名であった。後に本学側では学生に対する説明会(6月12、
13、14日)を開き、参加学生をさらに集めた。元の学生3名と合わせて、本学側では14名が最終的に参
加することになった。内訳は、社会情報学科が6名、日本史学科が1名、英語英文学科が7名であった。
英語英文学科の2名のみが1年生で、他は2年生であった。米国の短大との交流なので、英語英文学科か
らの参加が多いことは説明でき、また情報機器に親しみがあるということで、社会情報学科からの参加者
数が説明できるだろう。
 やり取りされた電子メールは、7月23日時点で49通であった。この間、ビッグベンド短大側は6月中
旬から試験期間、7月からは夏学期に入った。ビッグベンド短大では、この交流が特定の講義科目に基づ
いて組織されていたので、本来なら講義終了とともに交流も終わることになったのだが、先方の担当者と
の交渉の結果、ビッグベンド短大側の学生に希望があれば、各自が続けてこの交流計画に参加できるよう
決定した。実際1人の学生は、7月中旬まで頻繁に電子メールを送ってきた。その後、本学でも試験期間、
夏期休暇に入り、電子メールのやり取りは事実上なくなった。10月になり双方の学期が始まると、ビッグ
ベンド短大側では交流の新たなメンバー12名が参加してきた。これも、先方の担当者の講義出席者を基本
にして選ばれた学生たちであった。10月18日時点での電子メールのやり取りは、夏以前のものを含めて、
69通であった。7月23日以降、20通のやり取りがあったことになるが、実際には、秋学期の開始に伴う
テスト送信も若干これに含まれるので、実際の学生同士の電子メールのやり取りはそれほど多くない。
 コンピュータ・コミュニケーションの利用動機・利用行動 この電子メールのやり取りの数が多いか少
ないかは、見方によって違うだろう。交流開始の5月17日から7月23日までの約2か月間に49通のや
り取りがあったということは、平均すると週日では毎日約1通の電子メールが共同アドレスに送られてき
たことになる。一方参加した学生数は双方合わせて20名だから、この期間に平均して1人約2.5通の電
子メールを送ったことになる。これは交流が、数量的に盛んであったことを意味するのだろうか。それと
も、少なかったことになるのだろうか。
 これを考える際に参考となるのが、再び『電子ネットワーキングの社会心理』より引用した表3と表4
である。これはパソコン通信サービスのニフティサーブの会員に対して同書の著者らが行った調査結果の
一部である。表3には、コンピュータ・コミュニケーションの利用動機に関する、調査回答者達の該当率
が示されている。注目すべきは、最も多い利用動機が「自分の欲しい情報が手に入る」(61.4%)であり、
2番目が「あちこちの情報をのぞけるから」(57.5%)、4番目が「簡単にいろいろな情報が手に入るから」
(39.3%)と、上位の利用動機のほとんどが情報を「受ける」ことに重点があるということである。
 同様のことは、実際の利用行動の該当率を示した表4でも、確認することができる。「電子掲示板に書
き込まれている情報を見る」(1位、74.0%)から「友人から電子メールを受け取る」(4位、60.7%)ま
で、実際の利用行動の上位4つまでが、情報を発信することではなく「受ける」ことに関わっている。つ
まり、コンピュータ・コミュニケーションに一般に、「情報を受け取る」ことが動機の上でも、行動上で
も中心になっているようなのである。
 このことから、仮に、本学とビッグベンド短大との電子メールを通じた交流が、量的に小さいものであ
ったとしても、また本学の学生からみると母国語でない英語を用いることが障壁となったことを除いても、
コンピュータ・コミュニケーション自体の特性として、利用者が受け身に回る、という要因がそこには働
いていたのかも知れない。

表3を挿入

表4を挿入

 インターネット国際交流の問題点 ここで、今回のインターネットを用いた学生国際交流の若干の問題
点を整理しておこう。まず交流をもった双方の短大の教育システムが、必ずしも交流に適合的でないこと
があげられる。ビッグベンド短大では1年が3学期からなり、7、8、9月には別に夏学期が設定されてい
る。前述のように6月になると試験期間が始まり、最終学年生はそれが終わると、多くは短大を離れると
思われる。10月になると新しい学年が始まる。一方、本学は2学期制を採用しており、夏期休暇は8、9
月のほぼ2か月間である。10月には新学期が始まるが、学年は継続している。このように、学期制にズレ
があることに加えて、講義履修の形態もかなり異なっていると推測される。
 この他、本学の学生にとって母国語でない英語でのコミュニケーションは、英語が特に得意でない者に
とっては、大きな障害になっていると思われる。幸い、電子メールによる交流では、コミュニケーション
が文字によっており、また応答までの時間的な余裕が許されるという点でこの障害は緩和されているが、
将来、テレビ電話等での同時交流となるときには、より大きな問題となってくるだろう。またその際には
時差の問題も関わってくる。現地で一日の教育活動がほぼ終わった後と考えられる午後5時は、我が国で
はようやく活動が始まる、午前9時なのである。

電子コミュニケーションによる印象変化
 最後に、本学から参加した学生が、米国人一般に対して抱く印象が今回の交流を通して、いかに変化し
たかを探る試みについて、分析の途中ながら報告する。
 接触仮説と電子コミュニケーション 見知らぬ人達に対する、恐れ・不信といった感情は、多くの人が
もつものではないだろうか。また否定的に見られている集団に属する個人に対しては、その当人自身に基
づいた判断の前に、その人が属する集団に基づいた判断を下す傾向が、我々にはないだろうか。しかし、
こういった外集団に対する謂れのない恐れや偏見は、古典的なオルポートの接触仮説(Allport, 1958)に
よれば、適切な状況での当該集団との接触が増えるにつれ解消するとされる。一方で、コンピュータによ
る(文字)コミュニケーションが、端末の向こうに相手がいることが分かっていても、無礼で敵対的な関
係につながることの多いことが知られている(例えば, Kiesler, Zubrow,
Moses, & Geller, 1985)。通常の対面的コミュニケーションで得られる相手の表情、口調、抑揚といった
ものに基づく、メッセージ内容以外の付加的情報が、文字による電子コミュニケーションでは伝わらない
ことが、その原因の一つと考えられる。
 さて、今回のインターネットを通じた米国ビッグベンド短大学生との交流は、本学学生にどういう影響
をもたらしただろうか。友好的な意図で始まったのであるから、前述の接触仮説によれば、先方の学生と
の交流は、単純化して言えば、米国人一般へのより好意的な印象・感情への変化をもたらすと予想される。
他方、(文字による)電子コミュニケーション一般の傾向がここでも当てはまるなら、今回の電子メール
を利用した交流によって、本学学生の米国人への印象・感情は、否定的な方向に変化しうることが予測さ
れる。
 交流開始前調査 そこで、交流前後での変化を探るため、交流開始前と交流開始後約1か月の時点で、
本学側の交流参加学生の、米国人に対する印象・感情を測定した。匿名で回答を求めたため、交流開始前
後の回答者の対応づけはできなかった。
 交流開始前調査は、6月に開いた説明会(6月12、13、14日)に出席し、参加に応募してきた学生全
員に対しておこなわれた。12名から回答が得られた。調査紙には、他にパソコン利用の経験、国際交流・
海外文通の経験、英語能力の自己知覚などが含まれていたが、これらに関してはここで報告しない。米国
人に対する印象は、「…アメリカ人は一般にどんな風である、とあなたが考えているかをお尋ねします」
という質問に対して、「1.
臆病だ−7. 大胆だ」「1. 距離を置いている−7. 親しみやすい」等の11項目の形容語句対尺度(7 件法)
上で回答を求めた。米国人に対する感情の評定は、「私はアメリカ人が好きだ」「私はアメリカ人に興味を
感じない」(逆転項目)等の7項目に、1. 全く賛成、から 7. 全く反対、までの7件法で当てはまるとこ
ろを一つ選ばせた。
 特徴的な項目について見てみると、参加学生は交流開始前に、米国人に対する印象として、「大胆」で
(M=6.08, 中点4からの隔たりの両側検定 t(11)=9.10, p <0.01)、「親しみやす」く(M=4.67, 同 
t(11)=1.61, n.s.)「暖か」く(M=4.83, 同t(11)=4.02, p
<0.05)、「ユーモアがあ」って(M=2.58, 同t(11)= -3.56, p <0.01、「善良である」(M=3.42, 同t(11)= 
-2.55, p <0.05)と見るものが多かったが、「社交性」に関しては意見に散らばりがあった(SD=1.93)。
また多くの学生が、米国人を「好きで」あって(M=2.42, 同t(11)= -5.51, p <0.01)、「一緒に時間を過ご
すのが好きで」あり(M=3.00, 同t(11)= -3.32, p <0.01)、「話をするのは楽しい」(M=3.17, 同t(11)= -
2.59, p <0.05)と考えていた。否定的項目については、「興味を感じない」とは思っておらず(M=5.67, 同
t(11)=6.50, p <0.01)。「一緒に時間を過ごすのは好きでな」くはなく(M=5.17, 同t(11)=2.76, p <0.05)、
「話をしてい」て「退屈」だとは思っていなかった(M=5.17, 同t(11)=3.39, p <0.01)。概ね好感をもっ
ていた、と言える。

							図6を挿入

 交流1カ月後調査 交流開始から約1か月を経た7月下旬に、交流開始前調査と同様の質問項目を含む
調査を、同じ調査対象者に対して郵送でおこなった。12名中10名から回答が得られた。交流前後の変化
を図6に示した。
 交流開始約1か月後では、交流参加学生は全体として、交流前調査時と同じく、米国人に対する印象と
して、「大胆だ」(M=5.50, 中点4からの隔たりの両側検定 t(11)=4.39,
p <0.01)、「親しみやすい」(M=5.60, 同 t(11)=4.71, p <0.01)などの意見を保持していた。意見にバラ
ツキが見られた「社交性」に関しては、交流後では「社交的だ」の極に意見が収斂した(M=3.00, SD=.82, 
交流前後での分散の検定 F=12.33 df=1/20, p <
0.01)。米国人に対する感情の評定では、交流前後で余り変化が見られなかった。
 1つの項目で意見が収斂するという変化があったが、大きく見ると、米国人に対する印象・感情が、肯
定的ないし否定的方向へ、交流の前後で大きく変わるという傾向は見られなかった。従って、今回の交流
が、参加学生に対して一定の影響を与えていたことは確かではあるが、前述の接触仮説か電子コミュニケ
ーションの否定的影響か、という対立仮説に関しては、これらの結果からは、どちらとも言えない。
 電子的友情 では、電子メールを通したコミュニケーションは、相手に対する印象・感情に、そもそも
さほど影響しないものなのであろうか。勿論、これに答えるには体系的な研究を待たねばならないが、こ
こに示唆的な事例がある。一橋大学の研究グループは、電子コミュニケーションによって人間関係がいか
に展開するかを、自らが実践しながら探っている(村田, 1996)。この研究では、1995年10月から翌年4
月にかけて、一橋大学内の、研究室スタッフおよびその他の学生の、併せて25名が参加者として関わっ
た。パソコン通信のニフティサーブ内に設置された、専用の「会議室」が電子コミュニケーションの場と
して用いられた。言語は日本語が使われていた。
 図7はこの研究への参加者のうち、2年生3人(M1, M2, F1と表記されている)に対する、1996年1
月と3月の2時点での、他の参加者からの印象評定平均を示したものである。全体的には、3人ともに「頭
の回転が速」く、「話し好き」で「多才」であると評定され、「いい加減な」「内気な」「とげのある」等の
否定的な形容詞では、「当てはまらない」側に評定されていた。
 ここで本稿と関連するのは、3人に対する印象が、1月と3月の2か月の間に、一部を除いてあまり変
化していないということである。この一橋大学のグループの研究は、本稿で報告した学生同士の国際交流
とは、多くの点で状況が異なっているが、本学のインターネット交流の場合にも、1か月の間に、それほ
ど交流相手に対する印象の変化が見られなかったことと、似た結果が得られているように思われる。

							図7を挿入

							表5を挿入

							表6を挿入

 発言内容 さらに、この研究から引用する。表5はこの会議室内での10月から3月までの6か月間の
発言内容を、1発言1内容に分類して多い順に示したものである。上位4つで全体の66.8%を占めている。
最も多いのは、会議室(HP)に関する話題であった。総発言数は604なので、1か月平均で約100発言、
参加者数25で割ると、1人当たり1か月に平均4つの発言をしていることになる。これは本学の国際交
流での頻度を考慮するときの、一つの基準となるだろう。因みにこの研究グループでは、週1回以上の発
言を、参加者にルールとして課していた。
 表6は表5の内の、上位4つの中の小分類の発言数を示したものである。会議室(HP)に分類される
発言の中で、上位4項目は、「自己紹介・ハンドルネーム」、「パソコン」、「会話・話題・コミュニケーシ
ョン」、「オフライン・ミーティング」であり、これらの合計で、会議室の分類の内の、65.2%を占める。
コミュニケーション自体やその手段と見ることができる「パソコン」「会話・コミュニケーション」や、
必要最低限の情報である「自己紹介・ハンドルネーム」に発言が多い、と言えよう。この点も、本学の国
際交流における分析の際の、1つの視点となろう。
 コンピュータ・コミュニケーション利用者の類型とその利用曜日・時間 一橋大学グループの例では、平均像として、
1か月に1人が4つの発言をしていることを見たが、実際には平均像だけからは見えない、様々な利用者
がいるはずである。そこで最後に、前述の川上ら(1993)の研究から、コンピュータ・コミュニケーショ
ン利用者の類型ごとの利用パターンを見てみよう。
							図8を挿入

							図9を挿入

 図8、9は、ニフティサーブの利用者に対しておこなわれた調査に基づいて、利用者を「中毒型」「晩酌
型」「深酒型」「ほどほど型」「下戸型」の5つに分けたときの、それそれの類型の利用曜日・利用時間を
示したものである(川浦・池田・川上・古川, 1989)。ここで「中毒型」とは、週に3、4回以上パソコン
通信を利用し、毎回の利用時間が30分を超える利用者をさす。「晩酌型」とは、利用回数は同じく多いが、
1回の利用時間が30分未満の利用者である。「深酒型」は利用回数は週に1、2回以下だが利用時間が毎
回30分以上の利用者である。「ほどほど型」は、週に1、2回の利用で、1回の利用時間が30分未満の利
用者である。「下戸型」は、月に2回以下でしかも1回当たり30分未満しか利用しない者である。
 これらの各類型の利用者には、利用曜日・利用時間に固有の違いが見られる。曜日でいえば、中毒型と
晩酌型には、1週間を通して利用者が多いが、その他の類型では、利用は週末にほぼ偏っている。1日で
みると、各類型とも午後10時から深夜の時間帯の前後にほぼ偏っているが、中毒型・深酒型ではピーク
はその少し後の、深夜から午前2時にくる。晩酌型では午前10時から正午の時間帯もやや多い。
 これはパソコン通信利用者の調査結果ではあるが、同じく電子メールを主体としたコミュニケーション
と考えられるから、ある程度、本学での国際交流に対する関連を、考察することができるだろう。一つ言
えることは、大学の施設の時間的拘束は、仮にパソコン通信利用者と学生の利用パタンが似ているとすれ
ば、電子メール利用の障害になり得る、ということである。つまり、ほとんどの利用者類型が、深夜に最
も多く電子コミュニケーションを利用しているが、通常、この時間帯に大学の施設は使えない。また中毒
型と晩酌型を除く他の類型の利用者は、主に週末に電子コミュニケーションをおこなっているが、この時
期もまた、通常、大学の施設は使えない。パソコン通信利用者と学生国際交流参加者が、直接対応するわ
けではないが、電子コミュニケーション利用者の一般的な利用時間帯・曜日の好みが、この結果に現れて
いるのなら、大学施設利用の時間的拘束が、当該の交流に否定的な要因として働いている可能性がある。
 おわりに 本稿では、我が国の電子コミュニケーションの現状と、本学でのインターネットを用いた学
生国際交流の実践内容、及びこの交流を通しての、参加学生の相手に対する印象の変化に関する探索の試
みについて述べた。インターネットを用いた国際交流に伴う、いくつかの問題点として、制度の違い、使
用言語の違い、時差の問題、施設利用の時間的拘束に触れた。電子コミュニケーションが外集団との関係
の発展に及ぼす影響に関しては、まだ資料面でも分析面でも十分とは言えないが、今後、引き続き研究を
続けていく予定である。
	
引用文献
Allport, G.W. 1958 The nature of prejudice. Anchor Edition. New York: Doubleday & Company.
 (原谷達夫・野村昭(訳) 1961 『偏見の心理』 培風館)
川上善郎・川浦康至・池田謙一・古川良治 1993 『電子ネットワーキングの社会心理
 ─コンピュータ・コミュニケーションへのパスポート』 誠信書房
川浦康至・池田謙一・川上善郎・古川良治 1989 『パソコン通信と情報行動:パソコン 通信の現状に
関する調査研究』 電気通信政策総合研究所
川浦康至・川上善郎・宮田加久子・栗田宣義・向後千春・諸井克英・成田健一 1996 
 『メディアサイコロジー』 富士通ブックス
Kiesler, S., Zubrow, D., Moses, A. M., & Geller, V.  1985  Affect in computer-mediated 
 communication: An experiment in synchronous terminal-to-terminal discussion. Human-
Computer
 Interaction, 1, 77-104.
宮田加久子 1990 イノベーションとしてのニューメディア 大坊郁夫・安藤清志・池田
 謙一(編)『社会心理学パースペクティブ3─集団から社会へ』
村田光二 1996 「電子的友情」の形成過程の研究─長期的、実験的、参与観察法を用い
 て─ 『電気通信普及財団報告書』(草稿)
鈴木裕久・川上善郎・杉山あかし・加藤隆雄・藤井義久 1992 「情報機器利用能力尺
 度」作成の試み 『平成三年度文部省科学研究成果報告書』, 69-94. 
高尾哲康 1996 米沢女子短期大学社会情報学科LANにおけるドメインネームシステム 
 の構築とインターネットネームサーバ系列への組み込みについて 『山形県立米沢女子
 短期大学紀要』, 30, 87-100.
付録 図1 表1 図2 表2 表3 表4 表5 表6 図7 図8 図9
(川上ら, 1993より)(川上ら, 1993より)(川浦ら, 1996より)(川浦ら, 1996より)
(川上ら, 1993より)(川上ら, 1993より)(川浦ら, 1996より)(川浦ら, 1996より)
図3 TALKによる文字コミュニケーションのモニタ画面
	(写真提供:株式会社ニューメディア米沢)
図4 本学のインターネットを用いた国際交流を伝えた記事
							(96年6月12日読売新聞)
図5 本学学生から共通アドレスへの電子メールの例
図6 交流開始前と開始約1か月後の、交流相手への印象の変化


脚注********************************

{1} 本稿は、平成8年度山形県立米沢女子短期大学公開講座「地域社会と情報化」の中の、筆者による同
名の講義に基づいている。

{2} この調査では、筆者が卒業研究を指導する学生、社会情報学科2年の田村葉子と渡会幸絵の協力を得
た。

{3} 同尺度は、鈴木裕久ら(1992)によって作成された。この資料の調査対象者は、東京首都圏50km
以内から無作為抽出法で選ばれた900サンプルであった。回収調査回答数は671であった。

{4} これに関連して、ニューメディアを技術論・産業論としてではなく、人間側から見た場合に問題とな
る、ニューメディア採用決定過程、普及過程を概観したものには、宮田(1990)がある。