公開講座について

 

『集合的選択と社会的厚生』を読む

 本講座では,社会的選択理論の名著,アマルティア・センの『集合的選択と社会的厚生』を解説します。不可解に思われがちな「数学」部分に焦点を当て,解りやすく導入説明をします。高校の文系数学の知識があれば準備は十分です。この数理が,国連のSDGsを実現する技術的基盤に結びつく可能性もあるかもしれません。SDGsの設定にはセン理論が深い影響を与えています。


〔本講座は群馬大学の公開講座です。2019年9月末から,基本的に週一度ずつ計8回,東京工業大学キャンパス・イノベーションセンター(JR田町駅から1分)で開講します。受講上の基礎情報はこちらをご確認下さい。〕


Society 5.0 for SDGs    群馬大学公開講座「『集合的選択と社会的厚生』を読む1」(講師:岩井 淳)   群馬大学公開講座「『集合的選択と社会的厚生』を読む2」(講師:岩井 淳)

 1998年にアマルティア・センがアジア人初のノーベル経済学賞を受賞した際,受賞理由は「厚生経済学・社会的選択」での功績でした。『集合的選択と社会的厚生』は,この分野でのセンの最も古典的な著作です。1969年,インドのデリーで大学教員を務めていたセンが35歳で執筆したものでした(出版は翌1970年)。センはその後,1971年にロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの教員となり,さらにオックスフォード大学,ハーバード大学等を拠点に現在まで活躍を続けています。


 『集合的選択と社会的厚生』は,単なる社会的選択(当面は「集団的な意思決定」と考えてよいでしょう)の書籍でなく,潜在能力(ケイパビリティ)概念に至るセン理論の出発点でもありました。経済学と倫理学を接合し,「何の平等か」を問う意図はすでに本書にあり,その議論は数理に関わるものでした。現在,センの集大成的書籍は『正義のアイデア』とされており,そこに数理はあまり見られません。ですが,本当の根本には数理があるということです。通常の言語を用いると幅広い読者に語りかけられるのですが,数理を離れることで,却って解りにくくなる面があることも否めません。センの思想を本当に捉えるのであれば,『正義のアイデア』だけでなく,合わせて『集合的選択と社会的厚生』を読むのが自然なように思われます。


 『集合的選択と社会的厚生』は,下記のように,通常の文章の第1章-第11章と数理説明の第1*章-第10*章(グリーン部分)が入れ替わる構成でした。本講座は,このうちの第1*章-第3*章(下線の部分)に焦点を当てるものです。定理や補題の証明記述もすべてカバーします。数理説明の章はまだ先がありますが,最初のこの部分を乗り切れば,以後の見通しは格段に明るくなるはずです。



第1章はじめに
第1*章選好関係
第2章全員一致性
第2*章集合的ルール選択とパレート比較
第3章集合的合理性
第3*章社会的厚生関数
第4章選択対順序
第4*章社会的決定関数
第5章価値と選択
第5*章匿名性、中立性、反応性
第6章コンフリクトとジレンマ
第6*章リベラル・パラドックス
第7章個人間での集計と比較可能性
第7*章集計値間の準順序
第8章比較可能性がある基数性とない基数性
第8*章交渉と社会的厚生汎関数
第9章衡平と正義
第9*章非個人性と集合的準順序
第10章多数決選択とそれに関連する決定方法
第10*章限定された選好と合理的選択
第11章理論と実践


(原書の英文書籍の一部は,Googleブックスのこちらのページで確認できます。第1*章はp.7-p.20,第2*章はp.28-p.32です。)



 講師はこの本の訳者の一人で,関連した様々な講義を長く担当してきています。また,HPでこの本の読解のポイントを整理してきました。本講座は,まだこのHPに挙げきれていないポイントを含めて,さらに解りやすく対話的に学習していくものです。"最大5名"の少人数で進みます。


 『集合的選択と社会的厚生』を読むと,ミクロ経済学の主要領域の一つである厚生経済学と,社会的選択理論の理解が深まります。また,現代思想を学ぶ上での自信にもなるでしょう。著者のセンは近年の思想界で世界的に大きな影響を与えています。数理的な議論を含むために敬遠されやすいのですが,上述のように,そのセンの思想論上の出発点がこの本にあります。


 『集合的選択と社会的厚生』の学習には理工学的なメリットもあるかもしれません。現在日本ではSociety 5.0 for SDGsが唱えられ,情報技術を介したSDGsへのアプローチが模索されています。一方で,SDGsやそれに先立つMDGsの設定には、センの潜在能力論が深い影響を与えてきました。センの離散的な数論は情報科学の数理に近く,AIを用いた意思決定支援の領域などで新たな応用可能性が見込めるかもしれません。


 本講座の受講についての詳細は,以下の通りです:


・ 本講座は「『集合的選択と社会的厚生』を読む1」と「『集合的選択と社会的厚生』を読む2」の連続講座です。1では,『集合的選択と社会的厚生』の第1*章を解説します。2では,第2*章と第3*章を解説します。ここまでで,ケネス・アローのいわゆる「民主制の不可能性定理」の証明が終了します。


・ 「『集合的選択と社会的厚生』を読む1」は,2019年9月30日,10月7日,21日,28日に開講します。「『集合的選択と社会的厚生』を読む1」は一週間後の「『集合的選択と社会的厚生』を読む2」に進む前提の講座ですが,ご都合に合わせて1のみを受講して頂いても結構です。午前開講コース午後開講コースがあります。いずれも同じ4日コースです。


・ 「『集合的選択と社会的厚生』を読む2」は,2019年11月4日,11日,18日,25日に開講します。「『集合的選択と社会的厚生』を読む2」は「『集合的選択と社会的厚生』を読む1」を修了していることが受講の要件ですが,同等の水準に達している場合は直接2から受講して頂いても結構です。午前開講コース午後開講コースがあります。いずれも同じ4日コースです。


・ 本講座の内容はほとんどが数学です。主にはこの分野に関心のある大学院生や研究者の方が対象です。意欲のある学部生の方も歓迎します。(本書の数学は独特ですが,高校までの蓄積があればすぐ学習を開始できる面もあります。)希望される方は,アマルティア・センの『集合的選択と社会的厚生』(勁草書房)を購入,あるいは図書館で借りてご持参ください。


・ 1,2とも東京工業大学キャンパス・イノベーションセンター(JR田町駅から徒歩1分)で開講します。定員5名,計6時間,受講料6,200円(資料費込)です。


 受講を希望される方は,群馬大学公開講座のページからお申し込みください。 また,受講手続き等以外の講座内容に関するお問い合わせは iwai@gunma-u.ac.jp宛にお便りください(@を半角にしてください)。