このページは、07〜09年度・科研費による研究「公共空間の希薄化と個人化傾向の理論的探究」に関する情報を提供するものです。随時更新していきます。
本研究の目的は、公共空間の希薄化と社会の個人化傾向という、近年の社会変動に見通しを与えるような理論的な説明図式を構築することです。
Habermas(1961; 1992)が提唱した公共圏の概念は、われわれのデモクラシーの理念を具現化する重要な視点として、社会学のみならず、政治理論やマスコミ研究などでも重視されてきました。とりわけ高度情報社会といわれる現在、あらたなコミュニケーションのチャネル(インターネット上のウェブサイト、メーリングリスト、BBS、ブログ等)を用いた公共圏形成の可能性に期待する研究も数多くなされています(吉田, 2000; 干川, 2001; 金, 2003; 玄, 2005等)。
しかしその可能性と同時に、現代社会における公共空間の希薄化を示すと思われる動向も指摘されています。現在の情報通信技術(ICT)は公共圏的な空間を形成する可能性を確かに有してはいますが、皮肉なことに、ICTが高度化すればするほど、公共空間はその厚みを失いつつあるようにも思われます。少なくとも、そのような傾向を示唆する研究が増えていると言っていいでしょう。公共空間の希薄化とは、いいかえれば、社会の個人化(individualization)あるいは私化(privatization)として指摘されている問題でもあります。現代社会に生きる人びとは、公共の空間において他者と協力して何かを成し遂げるよりも、私的な事情を優先させ、個人として生きることを選択しがちです。このことはある意味では、行政や社会保障の制度が整備されてきており、近隣の他者や親族に頼らなくてもよいという、個人にとっての自由が増大した結果ともいえますが、その分、公共空間は希薄化し、かつてHabermas(1961)やSennett(1976)が指摘した事態とは別の意味で公共圏の衰退を招き、ひいてはデモクラシーの仕組みそのものが形骸化する怖れが十分にあるのではないでしょうか。(続きます)
学会報告
論文