環境政策とはなにか?〜石川の講義ノートからの雑文

 まず、「政策」というと国や自治体など、いわゆる行政の活動と考えられがちだが、財政政策、経済政策ならば然り、こと近年の環境政策においては、その活動主体はむしろ行政以外の諸組織であることの方が多い。温暖化、生物多様性保全、生態系保全・復元など、近年の重大な諸「環境政策」活動は、まず企業などの民間営利組織、NGOなど民間非営利組織、およびこれらの重合体が、行政にさきがけて活動を行っていることが多い。行政はこれらを追認あるいはとりまとめて「国策」という格付けを行う。それだけ、「環境政策」活動が日本において少しだけ成熟の道を歩き出した、ということだろう。

 環境政策のもう一つの特徴は、自然科学的研究結果に基づいた、客観的数字を基準として行われるということである。かつての深刻な公害問題の解明と解決が、生物学的毒性解析、化学的リスク解析に基づいて行われたことや、水質や大気などの諸環境基準値(これらはむしろ国主導で定められたが)から、そういえる。そしてこのような諸環境基準値は極めて客観的な数字であって、人間の欲望や価値観などの主観的体系によって揺らぐことがない点も、財政・経済政策とは全く異なり、国際的に汎用性が高い。すなわち、環境政策は自然科学に大きな軸足を持つ、グローバルな政策であるといえる。

 日本においては温暖化防止のための「気候変動枠組み条約」が有名であるが、この条約と同時に締結された、野生生物(資源・食料も含む)および生態系保全のための「生物多様性条約」というものがあり、双子の条約と国連で位置づけられている。2010年には名古屋で「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)」が開催される。「気候変動枠組み条約」のCOP3では「京都議定書」を生み出した日本が、2010年に何をもたらすのか、世界が注目している。

 こうした点で、今日の「環境政策」を形成するために最も重要な学問分野は、生態学にほかならない。その発端はヘッケルの命名にあるように「OIKOS」=生物のすみかであり、生物学の一領域として出発し、発展をしてきた。近年の温暖化、生物多様性の保全という巨大でグローバル・スケールの環境問題に人類が直面するにあたり、生態学は社会科学、人文科学、情報科学(スーパーコンピュータなど)と融合し「文理融合型の総合科学」と多くの教科書に紹介されるようにまでなった。この生態学のうち、特に生物多様性の保全を中心とした学問領域を「保全生態学」といい、この10年で「保全生態学研究室」を設置する大学・研究機関の数が激増している。

 保全生態学が研究対象としている生物多様性とは、我々が古来から「自然の恵み」と称して甘受し、現在「生態系サービス」とも呼ばれている、様々な環境浄化、資源・食料生産、気候緩和などの生態系の諸機能の根源である。生物多様性条約の定義するところによれば、生物多様性は以下の三層から成り立っている。

・生態系(生息地)の多様性

 様々な生物から構成される様々な生態系(生息地)が存在すること。地球上には様々な固有の生態系がある。生態系が多様であるから、多様な種や、種の遺伝的多様性も守られる。生態系の多様性を維持することは、地球全体の環境保全をも意味する。

・ 種の多様性

 様々な種が存在すること。どんな種であっても長い進化の歴史の中で生まれた物であり、種が失われることで生態系のバランスは崩れてしまい、他の生物に計り知れない影響を及ぼす可能性がある。

・遺伝的多様性

 遺伝的多様性とは、同じ種でも個体ごとに、また地域によって異なる遺伝子型を持つ可能性があるということで、多様な遺伝子型を持つ種ほど環境の変化に対応し、生き残っていく可能性が高いと考えられている。

 以上の三層の「生物多様性」のうち、現在最もホットな、つまり最高峰?にある研究課題は、遺伝的多様性である。近年遺伝的解析手法が研究レベルでは飛躍的に普及したのに伴って、それまではわからなかった「親子関係」や「類縁関係」、「環境変化に伴う歴史的移動経路」、「環境変化に伴う進化プロセス」が、明らかにされつつある。これらの成果を、生態系(生息地)多様性、種多様性研究の成果と併せて用いることにより、絶滅危惧種の保全、外来種対策、自然再生事業、生態系保全事業などの、あらたな環境政策が展開されつつある。