「環境の世紀」における大学の役割
--小中高等学校の児童・生徒とのかかわり--
この報告書の著作権は
石川真一,野村 哲,三上紘一 
環境科学研究室
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Roles of University in the Ages of Environment
-- Educational courses for students from elemenary to high school--
Copyright Shin-Ichi ISHIKAWA, Satoshi NOMURA and Hirokazu MIKAMI 2000
Environmental Sciences


Abstract

Struggling with many global environmental problems and many affairs in school education, the environmental education is now generally recognized as an essential process for the human development throughout a lifetime. The Japanese Ministry of Education, Science, Sports and Culture (MESSC) has proposed new guidelines for environmental education for students from elementary to high school. For ensuring these guidelines, the MESSC has proposed some educational courses for the students from elementary to high school, which are managed by university staffs. We have done two such courses supported by MESSC, which were for showing the significant feature of natural processes and their interaction with human activities. The courses were successful and the results of the questionnaires to the attendants revealed that the attended students got deeper understanding about relations of nature and human. These successes suggest that the university staffs have ability and responsibility for supporting environmental education for students from elementary to high school.


はじめに:日本における環境教育の歴史と現状

 日本の環境教育は、1960年代の公害の表面化とともに行われるようになった公害教育に一つの端を発する。周知のように、当時の高度経済成長は急速な工業化の進展がもたらしたものであり、結果として全国各地で大気汚染や水質汚濁などを引き起こした。そして健康や福祉に大きな障害を受けた地域住民と、汚染を引き起こした企業・国や地方自治体の間で様々な対立が生じた。
 このような状況は、学校教育においては「公害教育」として教えられた。当時の公害教育は、どちらかというと地域住民の立場に偏り、企業への告発や国や地方自治体への批判などが中心になりがちであった。そのため学校教育としては不可欠な、客観性が失われる傾向があった。ともあれ公害教育は、地域の生活環境を見つめ直すという意味で、子供たちだけでなく社会全体に大きな影響を与え、日本においても環境問題に対する意識を覚醒させたといえる(佐島・小澤 1992; 水越・木原 1995)。
 1971年には環境庁が発足し、翌年には「公害白書」が「環境白書」にグレードアップされた。それにともない、1975年には全国小・中学校公害対策研究会が環境教育研究会に名称変更された。すなわち、それまでの公害という地域問題が、環境問題という世界的な問題として認知されるようになったわけである。1972年の国連人間環境会議(ストックホルム)以後は、国際的に環境問題が取り扱われるようになり、いわゆる地球環境問題として教育・研究が行われるようになった。

 このような中、「公害教育」は「環境教育」へと転換していった。それまでの公害問題は加害者と被害者が比較的はっきりしており、「公害教育」は加害者たる企業や行政などへの批判精神を培えばよかった。ところが最近の都市・生活型公害や地球環境問題では、人間誰もが被害者でありまた加害者でもあるという複雑な状況にある。そこで「環境教育」においては、まずはこうした「被害者VS.加害者」という図式から「誰もが加害者であり被害者である」という図式への、大幅な意識改革を行うこととなった(佐島・小澤 1992; 水越・木原 1995)。

 現在の環境教育の指針として、「Think Globally, Act Locally(地球規模で考え、足元から行動する)」がある。この指針の実現にむけて、環境教育のためのカリキュラムや教材の開発などが行われているが、肝心の教育現場である小中高等学校への導入は、はじまったばかりである。環境教育のコアとなるのは、なんといっても実地での体験学習である。平成14年度から施行する新学習指導要領(文部省 1998; 1999)では、小中高等学校すべてにおいて「総合的な学習の時間」が創設され、そこでの学習目標のひとつに、「自然体験やボランティア活動などの社会体験,観察・実験,見学や調査,発表や討論,ものづくりや生産活動など体験的な学習,問題解決的な学習を積極的に取り入れること」がかかげられている。

 文部省環境教育指導資料(文部省 1991, 1992)では、小・中学校における環境教育に関して、「具体的な活動や体験で、イメージを膨らませ、環境への接し方を身に付ける」「自然環境や事象に対する感受性や興味・関心を高 め、自然のすばらしさを感得する」「環境問題をとらえる場合の素地となる物の連鎖や循環という考え方を身に付け、より主体的に環境とかかわる」「環境にかかわる事象に直面させ、具体的に認識させるとともに、因果関係や相互関係の把握力、問題解決力が育成できるように指導する」などを目標として設定している。

 文部省生涯学習審議会(1999)は「青少年の[生きる力]をはぐくむ地域社会の環境の充実方策について」答申のなかで、「子どもたちの心の成長には、地域での豊かな体験が不可欠」であり、「生活体験、自然体験が豊富な子どもほど道徳観・正義感が充実している」という見解を示したうえで、今緊急に取組が求められることとして「大学・専門学校等の高等教育機関や専門高校の教育機能を活かす」と、大学においても、小中高等学校の児童生徒の自然体験の機会をつくることを推進している。

 これらのことをふまえて、文部省は平成11年度より、あらたに科学研究費補助金研究成果公開促進費 「研究成果公開発表(B)(実験実習形式)」、および「全国子どもプラン(緊急3カ年戦略)」を策定し、全国の大学および大学共同利用機関の研究者グループに対し、小中高等学校の児童・生徒を対象にした実習を公募した。前者は中高等学校生徒が対象で、実質的には日本学術振興会が主催し、「ふれあいサイエンス」と呼ばれている。後者は小中学生およびその保護者が対象で、通称「子ども開放プラン」と呼ばれている。

 群馬大学社会情報学部環境科学研究室では、この2つの公募をうけて自然環境体験型実習を企画し、いずれも採択・実施のはこびとなった。以下に2つの実習の趣旨、実施経緯と成果、およびこれらをふまえて、今後の大学の役割を論ずる。


「ふれあいサイエンス」実習の実施

 「ふれあいサイエンス」は、「大学及び大学共同利用機関の研究者グループが全国各地の大学等において、中学生・高校生に関心が高いと思われる当該分野の最新の研究動向・研究内容を実験等を通じて体験する機会を提供することにより、最先端の研究に関する普及・啓発を行うとともに、次世代を担う青少年が早い段階から、高度で先端的な学問環境に触れる機会を拡大することで、次世代の研究者養成にも資する」という趣旨で、平成11年度より発足した、中高等学校生徒を対象とした実習である。今年度は全国より50のプログラムが採択された(表1)。群馬大学社会情報学部においては、環境科学研究室の企画による「利根川中流域での自然と人のくらしの共生」が採択され、実施された。

 最近の生物・地学研究によれば、生物の分布は地質学的活動(火山活動や川による浸食)と、長期にわたる人間活動によって制御されている場合が多い。また、このような自然と人間活動の長期的な共生関係を成立させることによって、人間は衣食住を得てきたことも明らかになりつつある(例:矢野1988; 山中1979)。本実習は、こうした最新の知見を利根川中流域において実際に確認し、自然と人間の共生の実態について理解を深めることを目的とした。

 実施日程および実施内容は以下のとおりであり、高校生を対象に行われた。

8月18日(水)

 10:00〜12:00 講義「野外観察の方法と諸注意」

パンフレットをもとに、野外観察の方法と諸注意を説明した。

 13:00〜15:00 野外観察「身近な自然と人間生活」

利根川河原で、堆積しているさまざまな石の生い立ち、および河原に生育している帰化植物の生態について、実物を示しながら解説した。

 15:00〜16:00 資料・標本整理

利根川河原で採集した石の断面を実体顕微鏡で観察し、石の分類方法と命名方法を概説した。帰化植物オオブタクサの葉をラミネート加工して標本を作成し、また植物標本の整理方法について解説した。

8月19日(木)

 10:00〜12:00 野外観察「身近な自然と人間生活(続)」

群馬大学社会情報学部の屋上より前橋とその周辺の地形、火山を観察し、これらと人間生活の関係を概説した。

群馬大学荒牧構内で、様々な樹木の由来について、実物を示しながら解説した。

 13:00〜14:00 講義「生物の構造と機能」

顕微鏡のつかいかた、植物の気孔と光合成器官の構造と機能を概説した。

 14:00〜15:00 顕微鏡観察「植物と岩石の微細構造」

顕微鏡により、実際に植物の気孔と光合成器官の構造を観察し、ビデオプリンタで撮影を行った。観察用試料も、参加者たちに自作させた。

 15:00〜16:00 実習「植物・鉱物標本の作製」

前日の続き。樹木の葉もラミネート加工し、標本を作成した。

8月20日(金)

 10:00〜12:00 演習「インターネットで自然を学ぶ」

群馬大学社会情報学部情報処理演習室において、インターネットのWWWページのうち自然環境関連サイトを自由に閲覧させ、バーチャル自然観察を行った。

 13:00〜14:00 講義「利根川中流域の地形と人間生活」

パンフレットをもとに、利根川中流域の地形とそこでの人間生活の関係について概説した。

 14:00〜15:00 実習「植物・鉱物標本の作製」

引き続き、岩石と植物の分類と標本作製を行った。

 15:00〜16:00 総合討論

 実習の前後で参加者にアンケートを行い、これにより実習の効果を評価した。なお、今回の参加者は、7名とかなり少なめ(予定は30名)であった。

 実習前に行ったアンケート結果によると、参加者の自然に対するイメージはおおむね好意的であり、またほとんどの者が過去に自然と親しんだ経験や実習経験をもっていた(表2)。つまり、今回のような自由参加型の実習においては、実習内容に対してある程度好意をもつ生徒だけが参加するということかもしれない。

 しかし今回の参加者が一般の高校生と比べて、とびぬけて異なる意識をもっているというわけではないようである。高知大学教育研究会(1992)が行った「児童・生徒の環境と環境学習に関する意識」調査の結果によると、全国の高校生2195名のおよそ8割が環境問題に関心があると答えている。

 実習終了後のアンケートに対して、参加者はほとんどの実習内容に高い興味をもち、また実習内容・パンフレットの内容についても、よく理解できたと解答している(表3)。討論に関しては「積極的参加」のスコアが低くなっているが、これは、残念ながら討論の時間があまりもてなかったためと考えられる。標本整理の時間が長びいたため、総合討論の時間が30分程度しかもてず、参加者のから「もっと時間をかけて、深く考えてみたかった」という意見もでた。

 本実習の総合的効果は、参加者が実習を通して新しい発見をしたり、いままで以上に自然環境と人間の関係について考えるようになり、また今後も考えていきたいと思うようになることである。こうした効果があったかどうかに関する参加者の解答はいずれも4.4以上と高いスコアを得ており、本実習の総合的効果の高さを実証している。

 参加者が一番楽しかったとする実習内容は、「標本の作製と整理」であり(表4)、「もっとたくさん標本をつくりたかった」という意見も出た。植物や岩石の標本作製は、すべての参加者が初体験であり、このため高い興味をもったものと思われる。「野外観察」は一位にならなかったが、「河原で石や植物の観察をしたことが、最も印象に残った」という意見もあった。実習当日はかなり暑かったので、参加者は体力的にかなりきつかったのではないかと思われる。

 実習用パンフレットに掲載された読み物に対する「理解できた」スコアは3.7〜4.7であり(表3)、参加者は読み物の意味をおおむね理解できたものと考えられる。また一番興味を持った読み物は「自然保護の意味を考える」であった(表4)ことから、参加者は自然の大切さを再認識したのではないかと思われる。

 以上より、実習の目的はほぼ達成され、参加者は自然環境と人間の関係について理解を深め、また今後もこれを考えていきたいと思うようになったといえる。今後の課題としては、野外観察のスケジュールの適正化があげられる。もともと野外観察は天候によってはかなりきついものになりがちであるが、休憩時間を十分とれるようなゆとりある日程を組むなどして、参加者に「きつい」というイメージだけを残すこのとないような工夫が必要である。


「ふれあいサイエンス」の広報活動

 今年度より始まったばかりであるためか、「ふれあいサイエンス」の広報活動と参加者の募集方法には課題が残った。日本術振興会より都道府県の教育委員会に「ふれあいサイエンス」のポスターとパンフレットが配布されたのは6月11日であり、さらに、各教育委員会から各学校に配布物が降りるのに、諸手続きの関係上およそ2週間かかる(群馬県教育委員会事務局・談)。一方、本実習を含むほとんどの実習は8月開催で、これらの実習への申し込み〆切は学術振興会により一律に7月5日とされた。これらのことから、生徒が学校で「ふれあいサイエンス」について情報を得る期間は非常に短かいものとなった。本実習においては、日本学術振興会〆切の7月5日直後に独自にポスターを作成し、群馬県内の公立高校・図書館・公民館など300カ所以上に配布して参加者を再募集した。まもなく公立高校は夏期休業期間に入ったため、上毛新聞に参加者募集の記事を依頼し、7月18日の朝刊に掲載していただいた。このように参加者募集の期間はあまりに短く、本実習において参加者数が予定数を大きく下回った一因と考えられる。今後はもっと早い時期に「ふれあいサイエンス」の情報が各学校に届けられるように、実習公募・決定の時期、ポスター・パンフレット配布時期を早めることが望まれる。また申し込み〆切は一律に設定せず、各実習個別に設定して、募集期間をできるだけ長くとれるようにする必要がある。今回は当初、「ふれあいサイエンス」の広報活動はすべて日本学術振興会が行うとしていたものが、途中から各プログラム個別に活動を行うようにとされ、予算の使用面(広報費は当初計上されていない)で混乱が生じた。今後は個別広報は最初から各実習担当者に任せ、そのための予算は別途計上してもよいのではないだろうか。


「子ども開放プラン」実習の実施

 本実習の目的は、近年薄れがちだと言われる人と人との関係、および人と自然との関係についての認識を、実体験を通して生徒に根付かせることである。そのため、以下のようなスケジュールで、自然環境・人間関係体験型実習を行った。なお本実習の対象者は、小学5年生〜中学3年生までの児童・生徒、および保護者である。これは、「子ども開放プラン」の特色のひとつであり、家族がともに体験を積むことをねらったものである。

9月11日(土)

10:00〜12:00 野外実習「石と葉っぱで絵を描こう!」

グループ(5グループに分けた)ごとに、2m四方の白い布の上に葉っぱと石で絵を描き、できあがった絵にタイトルをつけて、ポラロイドカメラで記念撮影をした。本実習には前橋市立養護学校の生徒も参加した。 

 13:00〜14:30 野外観察「前橋市のなりたち」

社会情報学部棟屋上から前橋市内と周辺にみえるいろいろな地形、火山を観察し、その生い立ちと人間生活との関係を学習し、ポラロイドカメラで撮影した。

 14:00〜16:00 植物観察「ドングリの木、ホンモノとニセモノの木、化石の木」

群馬大学荒牧構内で、ドングリの木(シラカシ、コナラ、マテバシイ、クヌギ)、アカシア、ニセアカシア、メタセコイアを観察し、それぞれの由来と性質を学習し、ポラロイドカメラで撮影した。ドングリの木は、「葉っぱ」をとって持ち帰り、翌日ラミネート加工して標本を作成した。

9月12日(日)

 10:00〜13:00 野外観察「道ばた物体の観察」

群馬大学荒牧から利根川河原にむかってあるき、途中で落ちているゴミ、生えている草(オオブタクサなどの帰化植物)の位置を地図に書き込み、人間生活とゴミや草の種類の間にどんな関係があるのかを考察した。

利根川河原では路頭で見られる地層を観察し、前橋市の土地の成り立ちを学習した。また河原の石の生い立ちと性質を学習し、いろいろな石を各人で採取して持ち帰った。

河原に繁茂する帰化植物オオブタクサの由来と性質、生態系に与える影響について、実物を観察しながら学習した。

 14:00〜16:00 標本の作成と整理

河原で採取した石のなかで、一番気に入った石にはダイヤモンドドリルで穴をあけて鎖をとおし、ペンダントを作成した。その他の石は、名前を調べて仕分けし、標本箱の中に整理した。また、ドングリの木の葉をラミネート加工して、標本を作製した。

 ここで、帰化植物オオブタクサを植物観察のメインのひとつにした理由は、この植物が近年関東のいたる所で勢力を拡大しており、また帰化植物のもつ典型的特徴と問題を有していることが明らかにされつつある(鷲谷 1996)からである。 

 実習の前後で参加者にアンケートを行い、実習の効果を評価した。参加者は、児童生徒30名、親およびボランティアなど28名であった。このうち前橋市立養護学校の生徒16名を除く14名の児童・生徒にアンケートを配布し、有効回答数は11であった。

 実習前に行ったアンケート結果によると、参加児童・生徒の自然に対するイメージはおおむね好意的である(表5)が、「ふれあいサイエンス」実習参加者に比べて(表2)、「自然が好きか」という問いに対して「どちらでもない」と答えた者の比率が高かった。これは「子ども開放プラン」実習の参加者は小中学生ということで、自然観が未発達であるためと考えられる。またほとんどの者が過去に自然と親しんだ経験や野外実習経験をもっており、「ふれあいサイエンス」実習と同様、野外実習に対してある程度好意をもつ児童・生徒・親が参加したといえる。

 実習後に行ったアンケートで、参加児童・生徒が個々の実習内容に対してつけた「楽しかった」スコアは3.2〜4.5であり、「またやりたい」スコアは3.5〜4.4であった(表6)。このことから参加児童・生徒は本実習の内容をほぼ十分に堪能し、またこれをきっかけにして、自然や人とのふれあいをいっそう求めるようになったものと考えられる。また参加した親の「楽しかった」「またやりたい」スコアもそれぞれ4.5、4.4と非常に高く、親子でともに経験を積むのに、本実習が貢献をしたといえる。

 実習の際の説明に対する「理解できた」スコアは、2.7〜4.4となり、説明内容はおおむね参加児童・生徒に理解できたといえる。以上のことから、本実習の目的はほぼ達成できたと考えられる。

 一方、野外実習ならではの課題もみつかった。「理解できた」スコアが2.7と最低になった野外観察「前橋市のなりたち」では、観察時にたまたま厚いもやが空を覆い、赤城山・榛名山など、観察目標のほとんどが見えないという悪条件となった。このため、説明に集中できない児童・生徒が多く見うけられた。また、道ばた物体の観察の「楽しかった」スコアが3.2とやや低めになった理由は、当日の残暑のためではないかと思われる。徒歩観察中2度の休憩をとったが、やはり2時間ちかい行程は、残暑きびしいなかでは児童・生徒にはきつかったのかもしれない。以上の二点は、天候の問題ではあるが、柔軟なスケジュール変更も考慮すべきであった。

 最も楽しかった、あるいは印象に残った実習項目は、児童・生徒では「河原での石ひろい」と「石のペンダント作り」であったのに対して、親では「地形・火山観察」と「河原での地層観察」であった(表7)。こうした対照的結果は、子どもは珍しい体験をすることを喜び、親は目にする現象の解説に興味を引かれる、ということを表しているのかもしれない。親子対象の実習を行う際には、こうした傾向を考慮して、実習項目中での体験と解説のバランスをとり、親子が興味と喜びを共有できるようにする必要がある。


「子ども開放プラン」の広報活動

 本実習は群馬県教育委員会生涯学習課の後援となり、6月末日にポスターが同課を通じて県下の小中学校に配布され、参加申し込み〆切は8月20日とした(実際には8月末日まで延長した)。実習の採択決定通知が本学に到着したのが6月7日であったことと、先の「ふれあいサイエンス」の場合と同様、教育委員会での諸手続きの関係上、このようなスケジュールとなった。ここでも、実習の準備期間と参加申し込みの受付期間をもっと長くとれるように、諸過程を改善する必要がある。

 また広報活動は「ふれあいサイエンス」とは異なり、各実習担当者に一任されていたので、本実習においては読売新聞および朝日新聞に取材を依頼し、両新聞に紹介記事が掲載していただいた(読売8月22日、朝日8月31日)。今後もこのようなチャンネルを維持し、さらに迅速に広報活動が行えるように準備しておく必要がある。


今後の両実習の発展

 アンケート結果によれば、両実習ともに参加者からはポジティブな評価を受けているので、今後も大学が小中高等学校の児童生徒を対象に、自然体験型の実習を行うことは非常に意義深いと考えられる。「ふれあいサイエンス」に関しては、今回のプログラム数は50と決して多くなく、また人文・社会科学関連と化学関連のプログラムは非常に少ない(各5および6)。今後は総プログラム数の増大と、これらの少なかった分野のプログラム数を増やす必要もあると思われる。また「子ども開放プラン」は3ヶ年だけの時限企画のようであるが、今回の成果を見る限りさらに継続してゆく価値があると思われる。


今後の大学の役割

 大学の本務は学部および大学院学生の教育であるから、今回の両実習のように小中高等学校の児童生徒をむかえるのは、異例のことのようにもみえる。しかし、実習参加者はみな新たな発見をし、自然に対する親しみや認識を深めることができたようである。このことは大学が地域社会の一員として、地域住民の環境教育、ひいては生涯学習に貢献できることを表していると言える。

 現在では、環境教育は生涯にわたって行われるべきであるという観点から、生涯学習の一つと位置づけられている(佐島・小澤 1992; 阿部 1993)。環境教育は自然の体験型と、人間社会・文化体験型に大別され、自然の体験型環境教育は幼児期から成人期にわたるすべてのライフステージで必要とされている(阿部 1993)。とりわけ幼児期・就学期の子供にとっては、自然体験は、自然に対する認識、いわゆる自然観を形成するために不可欠である(太田 1993)。

 この時期の子供たちに自然体験をさせる場は、小学校や中学校に限るべきではない。家庭や地域の諸団体、そして大学もふくめた地域全体で場をつくるべきである。自然の姿は季節、場所によって多種多様であるし、子供たちを引率する者の自然観もまた多種多様である。子供たちには、このような多様性を実体験してもらい、自らも多様な自然観を形成してゆけることが望ましい。大学には自然科学を専門に教育・研究しているスタッフが多くいるわけであり、また広大な演習林や農場その他さまざまな研究施設を有しているので、子供たちに多様な自然の姿や、多様な自然観を見せるには、格好の場である。大学は今後も多様な自然体験の場を提供することにより、地域社会の一員として児童生徒の環境教育に貢献することができる。

 環境教育の次の段階は、人間社会・文化体験を積んで、そこから現実の環境問題に対しての認識や問題解決のための思考力をつけることである(阿部 1993)。ここでもまた、大学は多様なスタッフと数々の研究施設をもって、地域社会の一員として児童生徒の環境教育に貢献することができる。特に近年では、フィールドワークを主体とした人間社会・文化体験型実習が数多く実施されている(佐島・小澤 1992; 田中・安藤 1997)ので、社会学系の大学スタッフの貢献も大いに期待されるところである。

 さて、肝心の大学教育における環境教育の現状と今後の方向はどうであろう?東海大学では、学生グループが行ったアンケート結果に基づき、大学生から「もっと環境問題に関する授業を増やす」という提言がなされた。また同アンケートでは、大学教員の約半数が「自分の専門分野から、すでに環境問題について研究している」と答えている(香取 1993)。大学における環境教育は、従来は理工系学部が中心になって行われており、工学部、農水産学部系を中心に、生物学、家政学系学部など78大学115学部(平成5年度の統計)が教育・研究活動を行っていて、これらの多くは大学院においても同様に活動を行っている(香取 1993)。近年は人文社会学系の学部にも、環境問題に取り組む講座・研究室が増加している。たとえば京都大学や一橋大学の経済学部には環境経済学講座が、また早稲田大学経済学部には環境経済学研究室がある。環境経済学とは、環境・自然・アメニティの破壊が起こる原因を経済学的に分析し、また環境の価値を経済学的に評価することにより、さまざまな環境問題の解決策を構築するものである(植田 1998)。法学関連では、横浜国立大学や甲南大学、群馬大学で環境法の講義が設けられている。

 環境教育は学際的・総合的教科であるので、これにかかわる研究も含め、さまざまな分野が共同で行う必要がある。また環境教育の基礎をなす環境科学もまた、さまざまな分野に関する知識と知見を必要とする、きわめて複雑な領域である。したがって大学においては、学部の系統にかかわらず、一般・基礎課程はもとより、学部専門課程と大学院においても環境科学をコアの一つとして位置づけ、研究・教育活動を推進していくことが不可欠である。また新しい学際領域である社会情報学においても、環境科学を既存の学問領域をむすぶ学際的・総合的領域のひとつとしてとらえ、注目していく必要がある。


謝辞

「ふれあいサイエンス」実習を行うにあたって、参加者の再募集の際、田口哲夫氏(群馬県教育委員会事務局学校教育部学校指導課主幹兼指導主事)、栗原健氏(群馬県立尾瀬高等学校校長)、田中直樹氏(同校教諭)にお世話になりました。また実習の際には、柿沼俊之氏(群馬県立みやま養護学校教諭)、小林美智子氏(群馬県立太田東高等学校教諭)、佐藤成夫氏(沼田市立東中学校教諭)にボランティアで参加者の指導をしていただきました。

「子ども開放プラン」実習においては、吉田武雄氏(前橋市立養護学校校長)のご尽力により、前橋市立養護学校の生徒・保護者の参加が実現しました。実習当日は、吉田氏をはじめとする前橋市立養護学校あそぼう会の皆様に、生徒の引率をしていただきました。また新井雅之氏(高崎市立佐野小学校教諭)、小池千秋氏(前橋市立第二中学校教諭)、早田雅子氏(前橋市立荒牧小学校教諭)には、ボランティアで参加児童・生徒の引率と指導をしていただきました。以上の方々には、心から感謝いたします。

 両実習の広報活動に際しては、上毛新聞、読売新聞、朝日新聞、群馬テレビ、群馬大学事務局、群馬大学社会情報学部事務室のご協力をいただきました。各関係者にも、心より感謝いたします。

 「ふれあいサイエンス」実習は平成11年度科学研究費補助金研究成果公開促進費 「研究成果公開発表(B)(実験実習形式)」により、「子ども開放プラン」実習は平成11年度大学開放事業推進経費「大学地域開放特別事業」により実施されました。また本論文は、両経費によりサポートされました。

 「ふれあいサイエンス」は日本学術振興会が主催し、「子ども開放プラン」は群馬県教育委員会生涯学習課に後援されました。


引用文献・インターネットホームページ(URL)

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植田和弘(1998)環境経済学への招待 204p 丸善ライブラリー、東京

太田 尭・編(1993)学校と環境教育 242p 東海大学出版会、東京

高知大学教育研究会(1992)「児童・生徒の環境と環境学習に関する意識」調査 (http://www.naruto-u.ac.jp/kankyou/education/kochi/studento.html)

香取草之助(1993)大学からの実践教育と科学研究. 「科学と環境教育」(松前達郎・編) 東海大学出版会  208-220

佐島群巳・小澤紀美子(1992)生涯学習としての環境教育 219p 国土社、東京

田中 実・安藤聡彦(1997)環境教育をつくる 206p 大月書店、東京

水越敏行 ・木原俊行(1995)新しい環境教育を創造する 248p ミネルヴァ書房、東京

文部省(1991)環境教育指導資料 中学校・高等学校編 大蔵省印刷局

文部省(1992)環境教育指導資料 小学校編 大蔵省印刷局

文部省(1998)小学校及び中学校学習学習指導要領 (http://www.monbu.go.jp/news/00000317/index.html)

文部省(1999)高等学校学習指導要領(http://www.monbu.go.jp/news/00000317/index.html)

文部省教育課程審議会(1998)「幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善について」答申(http://www.monbu.go.jp/singi/katei/00000216/)

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矢野悟道(1989)日本の植生ー侵略と撹乱の生態学 226P 東海大学出版会、東京

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