本研究により、群馬県内および近接地域の水辺環境には、絶滅危惧植物種や希少植物種がまだ数多く生息していることが明らかになった。特にかつての里山地域や行政関係者・企業・学識者・地元住民など複数の管理主体が連携して適切な保全活動が行われている場所(玉原湿原、アドバンテスト・ビオトープ、行人沼、朝日野池、渡良瀬遊水池)では、良好な水辺環境が保たれ、多くの貴重な植物種が生育していた。また里山環境が維持されていることから、多くの絶滅危惧植物種や希少植物種が生育している地域(西榛名、伊勢崎市世良田、才川)も確認された。その一方で、専門家の知見を生かさず、生物の生育環境への配慮を欠いた、利用者優先の開発行為が行われている場所(赤城山覚満淵、妙参寺沼親水公園、天沼親水公園)では貴重な水辺環境が破壊されつつあり、在来種は生育しているものの減少傾向にあったり、外来植物の侵入が多くなってきていることも明らかになった。
そもそも水辺環境は水域と陸域を結ぶ連続的な自然環境として機能しており、河川や湖沼、湿原やため池、水田などがこれを形成している。このような場所では連続する環境傾度があるため、水辺に近い土壌含水率とアンモニア態窒素比の高いところには水辺を本来の生息地とする植物が生息し、水辺から離れた土壌含水率とアンモニア態窒素比の低いところには山野を本来の生息地とする植物が生息するといったように、環境傾度に沿った帯状の植生分布パターン、移行帯(エコトーン)が形成されることから、植物の多様性が高められる。また水循環により、自然攪乱が起こる。こうした特異的な環境に適応した生物たちが、他の生態系には見られない多様な生物相を作っている。
人間と深い関係をもつ水辺環境は、伝統的な技術によって管理されている水田やため池などである。これら人間が自然に抗わずに作った環境は、多様な生物相を持つ湿原などの機能をある程度持ち、生物多様性の高い生態系を形成する。すなわち、環境傾度によるエコトーンの形成と、中規模の人為的攪乱が行われることにより、自然攪乱と同様、より多様な自然環境の形成が行われる。このような形で人間は長年水辺環境を利用して生きてきたので、人間と自然との相互作用がもっとも顕著に現れる半自然環境が水辺環境であるといえる。
しかし近年、自然環境、特にこの特殊ゆえに壊れやすい水辺環境は窮地に立たされている。これまで多く挙げられてきた主要因は、人為的開発による破壊であった。赤城覚満淵、妙参寺沼親水公園、天沼親水公園がこれに該当し、ワイド木道、コンクリート護岸、親水とは名ばかりの造園的整備といった人工構造物が、本来の水辺環境たるエコトーンを破壊している。また本研究において特に顕著であったのは、外来植物種の侵入である。石田川におけるオオセキショウモ、オオカワヂシャ、才川におけるミズヒマワリ、オオフサモ、オオセキショウモなどは、絶滅危惧種の生育・生存を危うくする危険性が高いと考えられる。水辺環境に適応した生物は他の環境で生育することが難しいため、侵略的外来種の侵入によって近親交配による生殖攪乱、競争的排除による危機は、水辺のように特殊な環境下でしか生きられない植物にとっては、他の環境に生息する在来種よりもより脅威になる。
また人間の生活スタイルの変化も、水辺環境の衰退を引き起こしていると考えられる。自然環境と同じくらい多様な生物相を有する水田やため池などの半自然環境は、地方に集中しがちである。人間の生活スタイルが変化し都市に人が流失するようになることで、相対的に地方に人がいなくなり、これらの半自然環境は休耕や減反の憂き目にあったり、放棄されるなどの利用不足(アンダーユース)になることによって、水辺環境として維持されなくなってきている。今後は地方の高齢化が進み、半自然環境の利用不足がいっそう加速されること、そして今後最も懸念すべきなのは、地球温暖化である。地球温暖化は単に平均気温が高くなるだけでなく、年々の気候の変動幅が大きくなる、降雨パターンが変わる、冬が短くなる、海水面が上昇するなど、様々な環境変化が複合的な影響を生物にもたらすとされる。わずかな環境変化が種の絶滅の危機に繋がりかねない水辺環境に生育する植物にとっては、深刻な問題であるといえる。さらに、外来植物種は一般的に適応能力が強いことから、この地球環境の変化が外来植物種の侵入を助長することは十分考えられる。
発芽実験において、長い休眠性をもつ種子が確認された。これらの種は土壌シードバンクを形成する。土壌シードバンクとは、植物が生産した種子のある割合が、休眠することで土の中で長い間生存し発芽のチャンスを待つことが出来るものである。したがって地上部が一時的に絶滅しても、土壌シードバンクに蓄積された種子から復活してくる可能性がある。朝日野池および行人沼における絶滅危惧植物の復活は、この土壌シードバンクに由来すると考えられる。しかし、土壌シードバンクから発芽したとしても、生育のための環境条件が整っていなければ、いずれ消滅してしまう。やはり、生育環境の確保・保全が先決となる。
今後の保全対策としては、伝統的な農業や水資源の利用による半自然的な中規模の人為的攪乱が行われてきた里山地域においては、減っていく農業の担い手を増やすこと、里山自体の存続を脅かすダム開発などの大規模開発をやめるなど、アンダーユースと環境破壊を防ぐための社会的基盤の整備が不可欠となっていくだろう。
ビオトープや遊水池、湿原は、人間により適切な管理がなされないと、特定植物の大繁殖などにより植物種多様性の減少や景観の単純化が引き起こされると考えられる。アドバンテスト・ビオトープ、行人沼、朝日野池、渡良瀬遊水池および玉原湿原は、学識者による調査研究結果に基づいた「育成管理」「順応的管理」という適切な管理がなされており、今後もこれを継続することによって、良好な水辺環境の維持・向上と植物種の保全がなされると考えられる。逆にエコトーンの保全を考慮しないままになっている、赤城山覚満淵などにおいては、管理者である行政機関が、学識者による調査研究結果に基づいた継続的な育成管理に政策を転換することが必須であろう。