緒言

地球環境問題の典型である地球温暖化問題は気温上昇だけでなく、自然災害などのさまざまな気候の変化をもたらし、生態系の基盤を脅かすという、人類社会が直面する最も大きな問題のひとつである(荘村 2000)。地球温暖化は、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの大気中濃度が上昇することにより起こる。IPCC第4次評価報告書第1作業部会報告書(2007)によると、二酸化炭素の世界的な大気中濃度は、工業化以前(1750年)の約280ppmから2005年には379ppmに増加した。2005年における大気中二酸化炭素濃度は、氷床コアから決定された、過去約65万年間の自然変動の範囲(180〜300ppm)をはるかに上回っている。また、SRES排出シナリオの範囲では、今後20年間に、10年当たり約0.2℃の割合で気温が上昇すると予測されている。また、IPCC第4次評価報告書第3作業部会報告書(2007)には、2000年から2030年までの間にエネルギー利用から発生するCO2排出量は、同期間中に45〜110%増加すると予想されている。IPCC第4次評価報告書第2作業部会からの提案(2007)によると、これまで評価された植物及び動物種の約20~30%は、全球平均気温の上昇が1.5〜2.5℃を超えた場合、増加する絶滅のリスクに直面する可能性が高いとされている。

地球温暖化の原因である温室効果ガスの2004年度のCO2総排出量は、世界合計258.5億トン(Emissions from Fossil Fuel Combustion 1971−2004)、日本では12億8,600万トンであり、温室効果ガスの総排出量のうち94.9%を占めた(環境省HP 2004)。このことから、地球温暖化に対してCO2の寄与が最も大きいといえる。工業化以後における大気中の二酸化炭素濃度の上昇の主要な原因は化石燃料の使用であり、土地利用の変化も重要ではあるがその影響は小さい(IPCC第4次評価報告書第1作業部会)。

1997年12月、日本で気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)が開催され、京都議定書が採択され、温暖化防止に取り組む基本事項、国際的な枠組みが示された。京都議定書では、締結国に対して、2008年〜2012年(第1約束期間)の温室効果ガス排出量を、基準年排出量(1990年の温室効果ガス排出量)と比べて少なくとも平均5%削減するように義務付けた。さらに、EUは-8%、日本は-6%というように、国別の排出削減目標を設定した。(小林 2004)日本の2004年度の温室効果ガスの総排出量は13億5,500万トンであり、基準年の総排出量(12億6,100万トン)を7.4%上回っており、前年度と比べると0.2%減少している(環境省HP 2004)。

また同議定書では、温室効果ガスの排出削減目標を達成するための一つの手段として、京都メカニズムと呼ばれる枠組みが盛り込まれた。京都メカニズムでは、共同実施、クリーン開発制度、排出量取引の3つの制度のことである。排出量取引とは、排出量削減目標を達成できない先進国A(あるいは企業A)が、排出削減目標以上に排出削減を達成した先進国B(あるいは企業B)から、余剰の他成分を排出削減ユニットとして購入することを可能とするシステムである(藤森 2004)。1996〜97年にかけて温室効果ガスの排出量取引市場が出現して以来、世界中の企業の間で少なくとも60回の取引が行われ、総量5,500万トンの排出量が取引された(取引価格は、1t当たり0.6〜3.0ドル)。温室効果ガスの排出取引市場は今後、ますます成長し、世界的な巨大市場に膨らむ可能性が高いという予測もある(木村・波多野 2005)しかし、排出量取引を行っているだけでは、実質的なCO2排出量の削減にはつながらないため、共同実施や、クリーン開発制度を実施する必要がある。共同実施(JI)とは、先進国間で省エネプロジェクト等を共同実施して、当該プロジェクトから得られる温室効果ガスの追加的削減量の全部または一部をクレジットとして当事者間の合意に基づき移転する仕組みである。また、クリーン開発制度(CDM)とは、途上国において先進国が省エネプロジェクト等を実施し、当該プロジェクトから得られる温室効果ガスの追加削減量を第三者機関が認証してクレジットを発行し、その全部または一部を当事者間の合意によって移転する仕組みである。海外植林はCDMの中の代表的なものの一つであり、同じコストをかけるならば先進国の国内で植林するよりも、途上国でのほうが広い面積の植林が可能だという利点がある(藤森 2004)。

日本では、CO2削減目標を達成するため、森林のCO2固定機能が大きく期待されている。1997年に採択された京都議定書において、森林などの陸上生態系による一定条件内のCO2吸収量を排出削減量の中に加味してカウントできることが定められ、2001年のCOP7において、日本は管理された森林による吸収上限枠3.9%まで認められた。(藤森 2004)しかし、先にも述べたように、2004年度におけるわが国の温室効果ガスの総排出量は、前年度比で0.2%減少しているものの、基準年と比較すると7.4%も上回ってしまっている。すなわち、森林を保有しているだけでは実質的なCO2の削減にはほとんどつながっていないのである。

森林生態系によるCO2固定機能は、大きく期待されている一方でさまざまな問題を抱えている。最大の問題点は、森林生態系ごとにCO2収支および収支に対する生物的、物理化学的環境条件の諸影響が異なるため、統一的に整理できるほどデータがそろっていないことである。また、CO2収支の測定手法もまだ未確立で、さまざまな問題点が指摘されている。例えば、リターバッグ法によるリター分解速度の測定は、リターの含水率の推定方法が確立されていないため、サンプリングによって破壊的に行わざるを得ず、厳密な意味での連続測定ができない。土壌からのCO2放出速度の測定は、密閉式、通気式のチャンバー法が主流であるが、どちらも高額で手間がかかり、汎用化されておらず、多点測定で空間的不均一性を解析するに至っていない。(河原 2006)

そこで本研究では、河原・渡慶次(2006)の共同研究の後を受けて、立地と構成樹種の異なる2つの代表的森林生態系(群馬県玉原高原ブナ林と群馬大学構内混交林)において、リターの生産・分解量、CO2放出速度の多点測定を行う。これらによって、リター分解速度と土壌からのCO2放出側の定量化、およびこれらと環境条件(地温、土壌含水率)の関係を解析する。     

リター生産はリタートラップ法により、リター分解は改良リターバッグ法により測定し、同時に地温、土壌含水率も測定して、CO2収支との関係を解析する。

本研究は、各調査により得られた結果を河原・渡慶次(2006)の結果と比較することによって、異なる森林生態系、異なる年次におけるリター分解速度と土壌からのCO2放出速度の定量化と諸環境条件との関係をより明確に解明することをめざす。