緒言
地球温暖化問題は地球環境問題の典型であり、最も解決が難しいとされている。地球温暖化問題は人間の生活自体が原因の一つになっており、全人類が被害者であるとともに加害者でもあるからである(茅 2000)。二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスを今後も大量に排出し続けることによって、地球温暖化が続けば、地球は隣の惑星「金星」のような灼熱の世界への運命をたどるかもしれない(さがら 2002)。IPCC第三次評価報告書(2001)の炭素循環モデルシミュレーション結果によると、大気中のCO2濃度は、21世紀初頭の約370ppmから21世紀末には540〜970ppmに上昇すると予測されている(1750年の濃度である280ppmよりも90〜250%の増加)。単純計算すると今後100年間でCO2濃度は約2倍上昇するということである。これにより、地球の平均地上気温は、1990〜2100年までの間に1.4〜5.8℃の範囲で上昇し、海面水位の上昇は9〜88cmと予測されている。
温室効果ガス(CO2、メタン、水蒸気、オゾンなど)の総排出量のうちCO2が94%を占める(環境省 2004)ことから、地球温暖化に対してCO2の寄与が最も大きいといえる。21世紀中に達するかもしれない大気中のCO2濃度は、過去2000万年間で最高である。過去20年間の人間活動によるCO2の排出量のうち、約3/4が化石燃料(石油、石炭、天然ガス)の燃焼により、残り1/4のほとんどは土地利用への変化、とりわけ森林減少によるものである(さがら 2002)。
これまで排出されたCO2の7割は、世界人口のわずか3割を占める先進国が排出したものであるので、まずは先進国にCO2削減の重責があるといえる。しかし、先進国だけが努力しても、今後の発展途上国の経済発展と人口増加を考えると、発展途上国との全面的協力なしには温暖化問題は解決されない。このように、地球温暖化問題は地球上の全人類の経済活動や日常生活が原因となって、その影響は地球規模の広範囲に及ぶものである(茅 2000)ため、解決は一国のみの対応では不可能であり、国際的取組みが必要不可欠であるといえる。
国際的取組みとして、2005年2月に「京都議定書」が発効した。この議定書では化石燃料由来のCO2を含む温室効果ガスの削減の他、森林などの吸収量の一部を削減量に含められるとしている。2008〜2012年の5年間を第一約束期間と称し、その間、先進国全体で1990年比で5.2%、日本は6%を削減目標としている。議定書の発行には、批准先進国55カ国以上の批准先進国の総排出量が先進国総排出量の55%以上になることを条件としており(木村・波多野 2005)、ロシアの批准で発効に至った。
また同議定書では、削減の中心となるべき国内措置の他に、それを補完する意味から、国際的仕組みとして排出量取引、共同実施、クリーン開発メカニズムからなる京都メカニズムと呼ばれる制度が認められた(高村・亀山 2002)。排出量取引とは、排出量の削減目標を達成するため、排出量を互いに取引する仕組みである。削減目標を超えそうな国(企業など)が他国(他企業など)から排出量を買ったり、逆に削減目標に余裕のある国(企業)が余った排出量を他国(他企業)へ売ったりして、社会全体の削減費用を節減し、併せて環境に利益をもたらすという考え方である。1996〜97年にかけて温室効果ガスの排出量取引市場が出現して以来、世界中の企業の間で少なくとも60回の取引が行われ、総量5500万トンの排出量が取引された(取引価格は、1t当たり0.6〜3.0ドル)。温室効果ガスの排出取引市場は今後、ますます成長し、世界的な巨大市場に膨らむ可能性が高いという予測もある(木村・波多野 2002)。しかし、これだけでは実質的なCO2排出量の削減にはつながらず、CO2吸収源の確保拡大や、クリーン開発メカニズムの実施による実質的なCO2排出量の削減技術の実施が不可欠である。クリーン開発メカニズム(CDM)とは、途上国において先進国が省エネプロジェクト等を実施し、当該プロジェクトから得られる温室効果ガスの追加的削減量を第三者機関が認証してクレジットを発効し、その全部または一部を当事者間の合意によって移転する仕組みである(藤森 2004)。CO2吸収源としては、深海や地中に保存することが研究中であるが(茅 2000)、実用化のめどはたっていない。一方で、森林生態系はもともと光合成を行う植物が主たる構成種であること、森林破壊がむしろ大気中CO2濃度上昇を加速させていることから、実効的CO2吸収源として注目されている。海外植林はCDMの中の代表的なものの一つであり、同じコストをかけるならば先進国の国内で植林するよりも、途上国での方が広い面積の植林が可能だという利点がある(藤森 2004)。
森林が国土の約6割を占める日本は、温室効果ガスの6%削減(1990年比)という目標を達成するため、森林の寄与に大きく期待している。CO2削減目標値のうち3.9%を森林吸収で確保できることがCOP7(2001年)において合意され、その実現に向けた対策が政府の地球温暖化対策推進大網で明らかにされた。しかし、実際には2002年度におけるわが国の温室効果ガスの総排出量は、13億3100万トンで前年度比2.2%増であり、削減よりむしろ増加しているのが現状である。すなわち、森林をただ保有しているだけでは森林生態系による実質的CO2削減は望めないということである。森林生態系のCO2吸収機能を維持あるいは高めるためには、相応の適切な森林生態系管理が必要かもしれない。一方で、CO2吸収機能を高めることだけが先行して森林生態系のそれ以外の重要な機能(水源涵養や土壌流出防止、生物多様性保全など)を犠牲にしないように注意する必要がある。CO2吸収源として算定されるのは、いまのところ「植林」および「管理された森林」であるが、これを重んじるばかりに、手をつけない方がよい天然林に手を加えるようなことは避けるべきである(藤森 2004)。つまり、約束削減量を達成することのみに注目するのではなく、実際にCO2を削減することに目を向けなければならない。
以上のように、実効的にも政策的にも、CO2吸収源として注目されている森林生態系であるが、残念ながらそこでのCO2収支に関する研究は、CO2吸収源としての実用化からはほど遠い。最大の問題点は、森林生態系ごとにCO2収支および収支に対する生物的、物理化学的環境条件の諸影響が異なるため、統一的に整理できるほどデータがそろっていないことである。またCO2収支の測定手法もまだ未確立で、さまざまな問題点が指摘されている。例えば、リターバック法によるリター分解速度の測定は、リター含水率の推定方法が確立されていないため、サンプリングによって破壊的に行わざるを得ず、厳密な意味での連続測定ができないことや、土壌からのCO2放出速度の測定は、密閉式、通気式のチャンバー法が主流であるが、どちらも高額で手間がかかり、汎用化されていないし、多点測定で空間的不均一性を解析するには至っていないことがあげられる。
そこで本研究では、町田(2005)の後を受けて、日本の代表的森林生態系であるブナ林(群馬県玉原高原)において、リターバック法の改良と汎用CO2放出速度測定システムによる多点測定を行う。これらによって、ブナ林におけるリター分解速度と土壌からのCO2放出速度の定量化、およびこれらと環境条件(地温、土壌含水率)の関係を解析する。
本研究は、群馬大学構内の平地アカマツ・コナラ・クヌギ混交林における渡慶次の研究との共同研究である。したがって、本研究で得られた結果を町田(2005)および渡慶次の結果と比較することによって、異なる森林生態系、異なる年次におけるリター分解速度と土壌からのCO2放出速度の定量化と諸環境条件との関係をより明確に解明することをめざす。