結論
高地に位置する玉原高原ブナ林は、立木密度が平地林と比べると低く、また寒冷な気候下にあることから、年間総リター生産量(4.5t/ha/year)も低かった。リターの分解速度は、無積雪期間の平均で0.00194g/g/dayと算出され、年間のリター分解率は35%程度となった。これらの値は2004年(町田 2005)の結果と大差なく、したがって比較的普遍性の高い結果であるといえる。また群馬大学構内混交林での研究結果と比べると、寒冷な気候下にある森林生態系であっても、必ずしも温暖な気候下にある森林生態系よりもリター分解速度が低いというわけではなく、またリター分解率も低くなるというわけでもない可能性を示しているとも言える。さらには、リターの質(落葉樹か針葉樹か)にも大きく依存している可能性もあり、今後のさらなる検証が望まれる。
ブナは年によって、結実量が大きく変動する。すなわちブナ林においては、ブナの結実量の変動によってリターの質も変動するといえる。したがって、ブナの実の成り年(2005年)のリターが65%程度持ち越される2006年には、例年とはリター分解速度が異なるかもしれない。しかし、ブナの実や硬殻の分解過程は明らかになっておらず、今後長期的かつ連続的な調査が必要である。
今回は、ダミーバック法を用いてもリター含水率がうまく測定できなかったため、月別のリター分解速度に関する正確なデータをとることができなかった。今後は、リターバッグ内のリター含水率を正確に推定する方法を、さらに検討する必要がある。
本研究により、土壌CO2放出速度は地温や土壌含水率などの物理化学的環境条件に左右されるだけでなく、リターの量(厚さ)やその直下にある土壌中の植物根の量、リター分解生物(微生物や土壌動物)によって影響を受ける可能性が示された。今後はCO2放出速度をこうした構成要素別に測定することによって、土壌CO2放出速度の時空間的変異の成因に関してより精緻な解析を行えるようになると期待される。
一般に、地温が高くなるとリター分解速度は高くなると考えられている(堤 1989)。地球温暖化がこのまま進めば、リター分解速度はますます高くなり、土壌CO2放出速度も高くなるかもしれない。すなわち、大気中CO2濃度の上昇が地球温暖化を引き起こすとそれによって、森林林床からより多くのCO2が放出され、さらに地球温暖化が加速されるという悪循環を生ずるかもしれない。
今後は、地球温暖化防止対策としてCO2吸収が期待できる森林を、これ以上減少させないことと、森林の質を劣化させないことが重要である。また、森林が最もよくCO2を吸収し、なるべく放出しない状態を保つことができる管理方法を解明することができれば、クリーン開発メカニズムをより効果的に活用することもできると考えられる。ただし、森林生態系のCO2吸収が地球温暖化防止対策として期待できるからといって、植林によってCO2吸収源を拡大することに目を向けすぎると、もう一つの実質的な温暖化防止対策であるCO2排出量削減がなおざりになる危険性があることを忘れてはいけない。