概要

 地球温暖化は、全人類が加担し、全人類が影響を受ける問題であり、人類が排出する大量の温室効果ガスが大気中に蓄積するために起きる現象である。温室効果ガスのうち地球温暖化への直接寄与が最も高いのがCO2であり、温暖化防止対策の中心はCO2排出量の削減と吸収源の確保にある。2005年に発効した京都議定書では、森林生態系のCO2吸収量の一部が削減量として認められている。しかし、実際の森林生態系がどれほどのCO2を吸収・放出し、その収支がいかほどになっているのかは、明らかになっていない。森林生態系を実効性のあるCO2吸収源として位置づけるためには、様々な森林生態系のCO2収支とそれに対する諸環境要因の影響に関する研究が必要である。

 そこで本研究では、日本の代表的森林生態系であるブナ林(群馬県玉原高原)において、CO2収支の構成要素であるリターの生産・分解速度、土壌からのCO2放出速度の定量化、およびこれらと環境条件(地温、土壌含水率)の関係を解析することを目的として実地研究を行った。本研究は、平地アカマツ・コナラ・クヌギ混交林(群馬大学構内)における渡慶次の研究との共同研究であり、この2つの異なる森林生態系での研究結果を比較することで、森林のCO2収支と環境条件の関係をより明確にする。

 2005年の玉原高原ブナ林における総リター生産速度は、10−11月期に最も高かった。リター生産のうち葉由来のリターは主として8〜11月に生産されており、また本年はブナの実の成り年にあたり、実と硬殻が9〜11月に集中して生産されていた。葉由来のリター生産は、落葉広葉樹(主としてブナ)の落葉によるものであった。

 ブナ林内の20地点で月に一度測定した結果、土壌CO2放出速度には、測定地点間で有意な差異がみられたが、地温や土壌含水率には大きな地点間差はみられなかった。すなわち、ブナ林林床の土壌CO2放出速度が地点によって異なる原因は、物理化学的要因では説明できず、リターの厚さや土壌微生物活性など、生物的要因であると推察された。

 すべての土壌CO2放出速度測定結果に対して相関分析を行った結果、地温と土壌CO2放出速度の間には、有意な正の相関が見られたが、土壌含水率と土壌CO2放出速度の間には、有意な正の相関は見られなかった。すなわち、日本のブナ林林床のように年中比較的湿潤な状態では、土壌CO2放出速度の季節変動をもたらす主要因は、地温であると考えられる。

 土壌から放出されるCO2をリター、細根、細根層より深い土壌と放出源別に分けて測定を行った結果、CO2はリターから35%、細根から30%、細根層より深い土壌から36%の割合で放出されていると算出された。これは、微生物・土壌動物によるCO2生成量の方が、植物根の呼吸によるCO2生成量よりもやや大きく、全体の30〜70%であるとする先行研究の結果と一致する。

 平均年間リター分解速度は、12地点中3地点(地点4、6、11)で全体平均値(0.00194g/g/day)とほぼ同等となり、地点12で最も高く(0.0043g/g/day)て全体平均の2倍の値、地点5で最も低く(0.0005g/g/day)て全体平均の1/4の値となった。測定地点間で地温・土壌含水率には大きな違いはなかったため、この地点間変異の原因は、リターの厚さや土壌微生物活性など、生物的要因であると推察された。

 以上の結果を平地混交林における渡慶次の結果と比較すると、玉原高原ブナ林では年間総リター生産量(4.5t/ha/year)は低く、地温(2.9℃〜19.9℃)が低くて土壌含水率(74%〜86%)が高かった。また土壌CO2放出速度(0.3g/hr/m2〜1.9g/hr/ m2)と年間平均リター分解速度(0.0005g/g/day〜0.0043g/g/day)は、平地混交林の結果と比べてそれほど低くなかった。

 今後、ブナ林の特性を生かして、放出源別土壌CO2放出速度の測定精度を上げ、また針葉樹・落葉樹といったリターの質によるCO2放出速度とリター分解速度の違いとその生物学的成因を解明していく必要がある。