縞枯山シラビソ林と玉原高原ブナ林の林内二酸化炭素濃度の垂直分布


石川真一(群馬大学・社会情報)・可知直毅(東京都立大・理・生物)
日本生態学会第47回大会(2000年3月24〜26日、広島大学)にて発表。
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 産業革命以来、大気中CO2濃度は、主に人間活動の影響で上昇を続けてきた。さまざまなシナリオをもとにしたシミュレーション結果によると、来世紀中に大気中CO2濃度が現在(360ppm)の約1.5倍の濃度(500ppm程度)になると予測されている。

 こうした大気中CO2濃度の変化に伴う植物の様々な変化予測は、主として人為的なCO2曝露実験に基づいて行われている。特に近年は、FACEと呼ばれる、人為的に野外のCO2濃度をあげる実験が各地で行われているが、この方法はたいへんお金がかかる。

 一方、世の中には、地中からのCO2の吹き出しなど(Natural CO2 Spring, NCS)によって自然にCO2濃度の高い状態が形成されることがある。こうしたNCSの周辺で研究を行えば、経済的に、かつ最も人為的影響の少ない結果を得られると考えられている。

 NCSとしては火山などが考案されている。また森林林床でも土壌呼吸によりHigh CO2状態が存在する可能性がある。これはBazzazらの研究例で、地表面付近で夏にHigh CO2状態が存在していることが示されている。ただしこのHigh CO2状態は主に夜間に形成されており、植物の光合成や拡散によって日中はCO2濃度が低下しているとされている。

 林床のCO2濃度は土壌呼吸・光合成・拡散により決定されていると考えられるので、High CO2状態が存在するとしたら、土壌表面付近に存在するという仮説がたてられる。

 昨年発表した石川による筑波山麓アカマツ林床での測定結果によると、当地では日中でも持続的なHigh CO2状態が存在するが、高さによる差が見られなかった。すなわち、Bazzazらの結果と石川の結果には一見整合性がみられない。とすると、他の森林ではどうなのか、という事例研究を続ける必要があることになる。

 そこで本研究では、中部関東地域の山岳林内でHigh CO2状態が存在するかどうかを検証し、またその原因を解析することを目的とした。調査した山岳林は、長野県の縞枯山シラビソ林と、群馬県の玉原高原ブナ林である。それぞれの測定地点の特性は以下のとおりである(略)。現地での測定は99年の夏から秋にかけて行った。また各地点よりリターと土壌A層(ここではリター層直下から深さ10cm)を採取して、実験室内で通気法によりCO2放出速度を測定した。

 林内CO2濃度測定システムは、全長15mのグラスファイバー製測竿に機材をくくりつけて作成した。各調査地において林床から0.1、1、3、5、7または10mにおいて気温と大気中CO2濃度を1〜2日間連続測定した。また、周辺の地温も連続測定した。

 縞枯山シラビソ林では、日中の大気中CO2濃度は林床から0.1mで最も高かったが、380ppm台に終始した。1m以上の高さでは、終日370ppm程度であった。このとき地温はシラビソ林で10〜12℃。平均で約11℃であり、林内風速は1m/s以下であった。
 
 玉原高原ブナ林では、林床0.1mの高さで日中でも大気中CO2濃度が400ppm以上になっていることが確認された。この高さでは、夜間には500ppm程度になることもあった。一方、1m以上の高さでは、大気中CO2濃度は夜間に400ppm以上になることもあったが、日中は370ppm程度であった。このとき地温は平均17.7℃であり、林内風速は1m/s以下であった。

 以上のように二つの山岳林においては、日中でも林床付近でCO2濃度が高く、高度が増すにつれて低くなることが明らかになった。また、こうしたCO2濃度勾配は、森林タイプによって異なることが示唆された。


 ちなみに同様な測定を前橋市の群馬大学構内にあるアカマツ・クヌギ混交林で行ったところ、やはり林床0.1mの高さで日中でも大気中CO2濃度が400ppm以上になっていることが示された。ただし豪雨のためか、明瞭ではない。

 さて、森林タイプによって林内CO2濃度勾配が違う原因の一つとして、土壌からのCO2放出速度の違いが考えられる。現場での土壌からのCO2放出速度の定量方法は未だに議論のあるところであるので、今回は室内実験、通気法により測定を行った。
 
 まずは、これも議論の多いのが、CO2放出速度に対するCO2濃度自体の影響である。縞枯山リターで確認したところ、影響なしという結果が得られたので、以後の測定は360ppm程度の濃度で、また濃度補正を行わないで行った。

 両地とも、土壌からのCO2放出速度はリターから比べると非常に低い。ほとんどのCO2放出速度はリターから起こっていると言ってもよいであろう。
リターからのCO2放出速度は、測定した地温の範囲では温度が高いほど高くなった。また同じ地温でも玉原高原ブナ林の方がCO2放出速度が高い。
 
 以上より、縞枯山シラビソ林と玉原高原ブナ林で林内CO2濃度勾配が異なっていた原因として、玉原高原ブナ林の方が地温が高かったこと、またリターよりのCO2放出速度が高い、つまり分解活性が高いことが示された。
 風速の影響についてはさらにくわしい解析が必要である。また地形の影響も今後の課題である。



この研究は、第3回トヨタ先端科学研究助成金のサポートをうけました。